『Shall we ダンス?』(1996年)、『それでもボクはやってない』(2007年)、『舞妓はレディ』(2014年)など、数々のヒット作を世に送り出してきた周防正行監督の最新作『カツベン!』が2019年12月13日(金)より公開される。
王道エンターテインメントから社会派まで幅広い作風で知られる周防監督が今回選んだのは、まだ映画に音がなかった時代に、楽士の奏でる生演奏の音楽とともに独自の“語り”で作品を盛り立てた「活動弁士(通称:カツベン)」。日本の映画産業の初期をエネルギッシュに描いた本作について周防監督に聞いた。
“カツベン”は日本の伝統文化が産み出した独自の上映スタイル
―あらためて「活動弁士」について教えていただけますか?
日本に初めて映画が入ってきたときに、まだ映画に音はなくモノクロだったんですね。ただ、それまでにはなかった、初めて観る“写真が動く”動画の世界。みんな写真が動くことに驚いてモーションピクチャーという英語の直訳だと思いますけど、「活動写真」という名前が付いたんです。そして、その最初の上映の日からスクリーンの横には人が立って、活動写真のいろんな説明をしました。ここがいったいどこで、何が映っているのか、なぜこうやって映るのかとか、いろいろな解説をしながら活動写真を流していたんですね。その説明をする人を「活動弁士」と呼んだんです。
実は、こういう上映スタイルは日本だけで定着した、世界でも珍しい形でした。全くなかったわけではないのですが、ヨーロッパやアメリカで成立することはなくて、生演奏の音楽をつけてサイレント映画をみんなに観てもらっていた。日本では生演奏の音楽プラス、スクリーンの横に立って映画を説明する「活動弁士」という人がいる独特の上映スタイルになりました。
―日本だけで根付いたというのはおもしろいですね。落語や講談、浪花節といった、“語る”伝統芸能の影響が大きかったのでしょうか?
そうだと思います。例えば、琵琶法師は琵琶を弾きながら平家物語を伝える。まさに物“語り”ですよね。人形浄瑠璃もイメージしやすいと思うんですが、しゃべらない人形が演技をして、外からの声によって物語を伝える。日本人には“語り”によって物語を受け入れて楽しむ文化があったので、「活動弁士」という職業が成立したんだと思うんです。
調べていて本当に驚いたのは、日本で興行として初めて映画が上映されたその日から、スクリーンの横には人が立っていたんです。無音で上映してみて、ちょっと分かりにくいから誰かに説明させようとか、そうやって生まれたのかなと思っていたら、最初から興行側がそういう人を用意していたんです。日本人にとって“語り”というものは、本当に切り離すことのできない切実な文化、大切なものだったと改めて知りました。
―確かに、現在でも日本人は声優に代表されるような声の文化を好みます。
調べていて、これって声優さんのはしりじゃないか? と思ったのが、この映画でも最初に少しだけ出てくるんですが「声色弁士」っていうシステムなんですね。スクリーンの横に複数の人が立って、それぞれののキャラクターにあった声をあてるんです。それがまるで、アニメーションのアフレコのスタイルそのものに見えて、ここに声優の原型があったんだと。日本で声優さんがこれほど高い人気を得る職業になっているのも、やっぱり日本の伝統文化の中で培われてきたものなのかなと、あらためて思いました。
「つまらないって言われたら負け」カツベンの使命はとにかく観客を楽しませること
―映画に合わせて生でしゃべり続ける「活動弁士」のライブ感に驚かされました。
ぼくも今回、映画に音がなかった時代の映画館はライブパフォーマンスの会場だったということを実感しました。今でも応援上映だとか、みんなで大騒ぎしながら観るような上映スタイルもありますけど、まさに映画に音がなかった時代の映画館は「活動弁士」の声、生演奏の音楽、お客さんの歓声、ヤジ、掛け声、そういうものにあふれていたんです。これは本当に大発見で、もしかしたらそこに、これからの映画館の進む方向、新しい価値というもののヒントがあるんじゃないかと思うぐらい驚きでしたね。映画が音を持った時、初めて観客は黙って映画を観るようになったって、すごく面白いなと思いました。
―時代を駆け抜けていくような躍動感のある作品でしたが、何か意識はされたんですか?
意識したのは、活動写真、無声映画が持っていた“楽しさ”や“魅力”ですね。とにかく活動写真の魅力といえば、写真が動くということ。つまり、アクションにあったんですよね。それまで動画はなかったから、動く写真を観てみんな驚いた。最初は工場から人が出てくるだけ、列車が駅に到着するだけ、それを見てみんなはびっくりしたんですね。だから、最初は動くものを撮るのが映画の基本スタイルだった。例えば日本だと、芸者さんの日本舞踊を撮る。その動きを見せることが、最初の活動写真のオーソドックスなやり方だったんです。
でもそれって、飽きますよね。だって、工場から人が出てくるのも、列車が駅に到着するのも、それをただ再現してるだけで日常で目にする光景だから。それで映画人は面白いアクション、普段見ることのできないアクションをみんなに見せようと考えた。だから、チャップリンはああいう格好でへんてこりんな歩き方をするし、バスター・キートンは本当に体を張った危険なアクションをする。その日常では目にしないアクションにみんなが驚く。そういう意味で、活動写真の最大の魅力はアクションにあった。そしてそのアクションをストーリーで繋ぐことで物語映画が発展した。だから、この映画もアクションにこだわりました。作品を観た人は分かってくれると思うのですが、タンスのシーンや追いかけっこのシーンですとか、当時の活動写真のおもしろさを意識して作ったので、それが全体を貫くスピード感とか、パワフルなイメージにつながっているんだと思います。
―当時の「活動弁士」には作品に寄り添うというよりも、「自分が主役だ」という想いがあったんでしょうか?
これは今のぼくたちからは考えにくいんですが、少し視点を変えれば理解できると思います。映画は100年以上の歴史の中で、「映画とは何か」という価値観を世界中の人がある程度共有できるようになった。例えば、作品として尊重し、オリジナルストーリーやテーマを歪めてはならないことは共通認識になっている。現在も活動弁士の方はいるんですが、彼らはそのサイレント映画が持っているテーマなどを損なわないように、ストーリーを語り、その映画の面白さを伝えるにはどうすればいいか? と考えて活弁をするんですね。でも当時、明治・大正・昭和の初期に活躍していた人たちは、映画館に集まってきている目の前の観客をどう喜ばせるか、楽しませるかのほうが大切だった。その映画が「つまらない」って言われることは、活弁がつまらない、ということとイコールなんです。活弁が面白ければ、映画も面白くなる。
だから、事前に映画を観てセリフを考え、台本を作って、あるいはぶっつけ本番でしゃべる。それがウケないと、どうやったらウケるのか? って変えていくんです。その映画が本来持っているテーマだとか、ストーリーは彼らには関係ないんですね。目の前にいる観客を喜ばせるために、いったいどうしゃべるのか。つまり、映画は、自分の“語り”の素材に過ぎなかったっていうのが、当時の映画に対する認識だったのではないでしょう。それは、まだ映画が誕生したばかりで、今のように作品を尊重しなければならないとする共通認識が生まれる前だったから。目の前にいるお客さんを喜ばせることが彼らにとっての使命だから、そのためにはお話を変えてでもおもしろくしてやる! っていうのが、当時の「活動弁士」たちのプロフェッショナルな意識。目の前にいるお客さんに喜んでもらえなかったら、負けなんですよね。
“カツベン”では出演俳優たちの新たな一面にも注目!
―主人公の染谷俊太郎を演じた成田凌さんには今まで三枚目のイメージはあまりなかったのですが、見事に演じられていました。
ぼくにとっても発見でしたね。撮影前はそんな印象はなかったんですよ。でも、撮影が進むにつれて「結構、おちゃめじゃん」って(笑)。彼の素顔のおちゃめな部分がすごく魅力的だったので、それを強調するというか、それを出せればこのキャラクターは成立するって思ったんです。撮影しながら彼が持っている魅力を発見しましたね。それを成長の糧とするかどうかは彼のこれからの役者としての生き方だと思うんですけど、彼にこういう側面があることをこの映画で多くの人が知ると思うので、今までより役の幅は広がっていくんじゃないかなと思います。
―俊太郎を取り巻く2人の女性、栗原梅子(黒島結菜)と橘琴江(井上真央)の二人の対照的なキャラクターが魅力的でした。
幼馴染の俊太郎と梅子は、再会したときに会っていなかった空白の時間の中で、それぞれがどんな成長を遂げていたかを知るわけですね。そんな経験をみなさんもしたことがあると思いますが、井上真央さんは、そんな二人の関係性を知らずに、だからこそあの若い二人に興味を持ってちょっかいを出すわけです。
黒島さんは、オーディションのときから梅子という役に重なる部分がありました。彼女の佇まいの中に「私は今ここにいていいのか?」と迷っているような、自分のいまのあり方を全面的には信用できないような、そういう戸惑いを感じたんですね。役者という仕事を、自分は本当にこれから一生をかけてやっていくものなのかとか、そこにまだ迷いがある。だから、「いつ女優を辞めてもおかしくないな、この人」って思いながらオーディションのときは話をしていたんですね。最終的には、そういうところが梅子役にぴったりだなと思ったので、ヒロインを演じてもらうことにしました。だから梅子のキャラクターは、無理して作らなくても彼女のままでいいと。その代わり、俊太郎と一緒に映画を「語る」シーンは、頑張ってもらわないと困るということで、活弁を一生懸命練習してもらいました。
―井上真央さんが色気があって魅力的でした。
井上真央さんに関しては、とにかくこの役を楽しんでほしいと思っていました(笑)。井上さんのキスシーンはぼくがものすごくこだわったシーンで、編集の時に長すぎるから切った方がいいっていう意見もあったんですけど、断固無視して完璧に使い切ったんですね。彼女の仕事を全て観ているわけではないので、どういう芝居をしてきたかを深く知っているわけではないんですが、井上さんは、いつも目一杯に役に向き合ってきたようなイメージがあったので、一度、彼女の持っているキャパシティのなかで、目一杯というよりは、「遊び」で役を演じているところを見たいと思っていました。今回の役は、まさに遊べる役だと思ったので、役を楽しんでさえもらえれば(琴江は)魅力的な人になるだろう思っていました。本当にそういう意味では楽しんで演じてもらえたんじゃないかと思って、あのキスシーンも大好きなシーンになったので良かったです。
―最後に、公開を心待ちにする観客のみなさんに一言お願いします。
今回の『カツベン!』という映画ですが、観た後に「映画館で観たくなりました」と感想をくださった人が多かったんですね。まさに映画館が舞台ですから、当時の無声映画、活動弁士が人気を呼んだ映画館の賑わいや活気、わくわくする雰囲気が凄くよくわかると思います。その賑やかで楽しかった活動写真の雰囲気を味わうために、ぜひ映画館でご覧ください。
『カツベン!』は2019年12月13日(金)より全国公開
【BANGER!!! 開設1周年記念プレゼント】
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