そのとき、デトロイトで何が起こっていたのか
米ミシガン州デトロイトといえば、一般的には自動車産業が盛んであまり治安がよろしくない都市、といったイメージが強いかもしれない。映画『ロボコップ』(1987年)や『ビバリーヒルズ・コップ』(1984年)の舞台であり、フランシス・フォード・コッポラが生まれ、サム・ライミやラッパーのエミネムなどが育った街としても知られている。
そんなデトロイトで起こったある事件を映画化したのが、その名もズバリ『デトロイト』(2017年)だ。しかし、残念ながら本作はワルモノを成敗したりロボットが大暴れするようなエンタメ作品ではない。1967年、数十名の死者を出した大規模暴動の真っ只中で、何の罪もない黒人たちが味わった悪夢のような一夜を描いた、まるで拷問のような人間ドラマだ。
黒人に対する妄執と恐怖が白人警官たちを凶行に駆り立てる
物語の中盤過ぎまでは、ほぼ安モーテルの中で起こる出来事で構成されている。若い男女が集まってダベっている中、ひとりのブラザーが冗談で玩具の銃を鳴らしたことが引き金になり、白人警官たちの執拗な取り調べを受けることになる、というのが大筋だ。ところが暴動の最中ということで、略奪行為などの対応にテンパっていた警官たちは頭のネジがユルみまくった状態だったものだから、事態は予想以上に複雑になっていく。
白人警官たちは「警官を狙撃したんだろう? 銃を出せ!」と黒人たちを脅すが、そもそも無いものが出てくるはずがない。しかも、日頃の差別意識がピークに達していた白人警官たちは黒人を殺すことに躊躇もなく、正当性が証明できる状況であれば平気でショットガンをぶっ放してくるという異常事態。まさに蛇に睨まれた蛙状態の黒人たちは、事情聴取に名を借りた拷問にひたすら耐えるしかなかったのだ。
1989年にニューヨークで起こった冤罪事件をドラマ化したNetflixリミテッドシリーズ『ボクらを見る目』(2019年)や、オークランドの駅で無抵抗の黒人青年が鉄道警察に射殺された事件を描いた『フルートベール駅で』(2009年)など、黒人の若者たちが差別や恐怖によって殺される事件がいくつもドラマ/映画化されている。
https://www.youtube.com/watch?v=EB41bGtP5s0
『デトロイト』でも本筋のドタバタが始まる前に、それぞれ夢に邁進し青春を謳歌する若者たちの姿が描かれ、被害者たちがどこにでもいる普通の若者たちであることが描かれる。当然ながら事件が被害者に与える影響は計り知れないが、数十年を経ても同じような事件が繰り返されるアメリカの状況には絶望感を覚える。2013年にフロリダ州で黒人少年が射殺された事件に端を発し広まった社会運動「ブラック・ライヴズ・マター(黒人の命も大切)」が全米で興っているのも、さもありなんだ。
俳優生命を賭けたウィル・ポールターの超胸糞演技に拍手!
正直、本作は最も苦痛に感じる類の映画だし、観客は歯を食いしばりながら狂気と矛盾に満ちた2時間強を耐えなければならない。『ハート・ロッカー』(2008年)や『ゼロ・ダーク・サーティ』(2012年)などで知られるキャスリン・ビグロー監督に対しては、暴動に至る事件が描かれておらず、白人目線で描かれていて無責任だという声もあったようだが、危険性という意味では一理ある。本作が精神的な負担を伴う映画というのは紛れもない事実だからだ。
あくまで映画として冷静に観ると、妄執的な憎しみに支配され凶行に及ぶ警官のクラウスを演じたウィル・ポールターの鬼気迫る演技は、今後の仕事に影響を及ぼすのでは? と心配になるほど素晴らしい。ポールター自身も相当の覚悟で挑んだことと思うが、今後どんな役を演じてもサイコ野郎にしか見えなくなるのは困るので、ぜひ『なんちゃって家族』(2013年)でキンタマを腫らして泣き叫ぶ名演を観て相殺しよう。
『デトロイト』はCS映画専門チャンネル ムービープラスにて2020年4月放送
『デトロイト』
1967年夏、デトロイトで暴動が発生。その2日目の夜、ミシガン州兵隊の集結地付近で銃声の通報があり、捜索押収のため大勢の警官と州兵たちが、若い黒人客で賑わうアルジェ・モーテルの別館に乗り込んできた。そこで何人かの警官が、宿泊客に暴力的な強制尋問を始め・・・。
制作年: | 2017 |
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監督: | |
出演: |
CS映画専門チャンネル ムービープラスにて2020年4月放送