ショービジネスの本質を最大限利用した伝説的ヒット作『片腕必殺剣』
1960年代の最後に生まれた私が子供の頃は、女子プロレス中継の中にいわゆる“ミゼットプロレス(低身長症の人によるプロレス)”というものがあって、ミゼットレスラーたちがお茶の間の人気者だった。「8時だョ!全員集合」にもよく彼らが出ていた。加トちゃんは「あいつらはすげーよ。出て行くだけで観客が盛り上がるんだもん。勝てないよ」と言ったという。彼らの姿は、もう日本のどのショービジネスの中にも見ることはできない。
しかし海外のショービジネス界では、彼らは活躍中だ。責任の所在がたらい回しになる“面倒ごとはごめんだぜ社会”の日本では、ミゼットレスラーは職を奪われてしまった。だが、ハンディキャップが個性として武器になるところが、ショービジネスの最も魅力的な部分の一つであり、芸人の本質であるはずだ。売り物は自分自身であり、売れるものなら何でも売り捌くバイタリティが感動を呼ぶ。ハンディキャップが武器になることは、人間という生き物がエンターテイメントなしでは生きていけないことを端的に表している。
『片腕必殺剣』(1967年)は、その名の通り片腕の剣士が主演のアクション映画だ。主演のジミー・ウォングはこの作品の大ヒットにより、東南アジアで“天皇巨星”と呼ばれるアンタッチャブルなスーパースターになった。同作は伝説的なヒット映画であり、ジミー・ウォング演ずる片腕の剣士は映画史の中でも最大級のハンディキャップ・ヒーローだ。片腕というキャラ付けが、作品のヒットの大きな原動力となっていることは否定しようがないだろう。ちなみに当時、日本は欧米映画に偏重していて、香港映画が本格的に入ってくるようになるのは1973年以降であり、天皇巨星が日本人には馴染みが薄いのはそのためだ。
ブルース・リーを香港に呼び戻した? ジミー・ウォングは(色んな意味で)カンフー映画の父
『片腕必殺剣』は、1960年代後半から台頭し始めた<ショウ・ブラザーズ>をアジア最大級の映画会社に発展させる原動力となった作品だ。ショウ・ブラザーズは香港マーシャル・アーツ・ムービーを武器に、後の香港映画の隆盛の源流となった。
マーシャル・アーツ・ムービーは2種類あり、1つは「武侠片」、つまり剣劇・チャンバラ映画であり、もう1つは「功夫片」、素手で闘ういわゆるカンフー映画だ。今回、CS映画専門チャンネル ムービープラスでは「特集:24時間 カンフー映画」として『片腕必殺剣』が放送されるが、正確には剣劇映画である。
カンフー映画は、同じくジミー・ウォングが監督・脚本・主演を務めた『吼えろ!ドラゴン 起て!ジャガー』(1972年)のヒットが香港におけるターニングポイントと言われており、それまでは剣劇の方が盛んであった。ショウ・ブラザーズは会社立ち上げにあたり、日本から多くの映画監督や撮影スタッフを招聘しており、チャンバラ映画のノウハウが多く導入されていた。
蛇足だが、『吼えろ!ドラゴン 起て!ジャガー』の脚本のチープさと武術の拙さに憤慨したブルース・リーが香港に乗り込んだという逸話もあるそうで、ジミー・ウォングはいろいろな意味で(笑)、カンフー映画の父と言えるかもしれない。
チープなセットとテキトーな時代考証が絶妙なファンタジー世界に誘う
『片腕必殺剣』は、片腕の剣士という斬新なキャラクター設定にも増して、何と言っても大衆演劇作品としての脚本が素晴らしい。主人公の生い立ち、片腕が切り落とされる経緯、片腕剣法の習得まで道のり、最後の闘いに挑むまでの心の機微、片腕ゆえに闘いに勝利するアイディア、長谷川伸の「沓掛時次郎」を思わせる、ラストシーンの片腕剣士の決断。最初から最後まで物語に没入させてもらえる。
チープだが味のあるスタジオセットも心惹かれる。書き割りの遠景の中に立つ貧しい農民の家。家の前は水が張られガチョウが泳いでいる。池の周りには、ススキなどの雑草が雑然と生い茂っている。あたかも「作り物ですよ」とエクスキューズしているようなジオラマが、実景よりもファンタジーの世界に誘ってくれる。ディズニーランドが好きな女子はこんな感覚なのかとも思った(笑)。
ファンタジーといえば、香港マーシャル・アーツ・ムービーは一応時代劇なのだろうが、時代考証が厳密になされているわけではなく、特撮映画を観るような感覚になる。『片腕必殺剣』では、女剣士はサテン地のショッキングピンクのアオザイのような服を着て、背中に大きな青龍刀を背負っている。ボスキャラ風の剣豪は、ヴェルベット地にスパンコールのような光る素材で縁取りされた派手なフードを被っている。多分、京劇の影響を受けた衣装だと思うのだが、こんな人達が街を闊歩していたとは思えない。どことなく『スター・ウォーズ』(1977年~)の登場人物の服装を連想する。そう言えば、スター・ウォーズも剣劇だ。
なんでもアリのバイタリティが爽快! ハンディキャップは興味と共感を呼ぶ武器になる
マーシャル・アーツ・ムービーには大抵、一般市民とは区別して“武術家”という人たちが登場する。もちろん主人公もこの範疇だ。この人種は日本の時代劇の“武士”とは違う。どちらかというと、博徒、渡世人、つまりはヤクザ者に近い。暴力によって身を立てようとする人たちのようだ。とは言ってもヤクザ者のように裏の経済活動が透けて見えるわけではなく、ただの道場主とその弟子たちとして描かれている。悪役もショッカーのような“ただただ悪い”という設定で、何をしている人たちなのか判然としない。しかし、その曖昧さが作品をわかりやすく痛快にしてくれる。なんでもアリのバイタリティが気持ち良い。
1967年に『片腕必殺剣』がヒットし、1971年には早くもジミー・ウォングと勝新太郎による『新座頭市 破れ!唐人剣』が作られる。日中ハンディキャップ・ヒーローの競演だ。ハンディキャップがいかに言葉を越え、興味と共感を呼ぶ武器になるか証明されているようである。余談だが同じ頃、まだ無名だったブルース・リーは勝新太郎に『ドラゴン怒りの鉄拳』(1971年)への出演を依頼するために来日し直接交渉したが、勝はそれを断ったということだ。
文:椎名基樹
「特集:24時間 カンフー映画」はCS映画専門チャンネル ムービープラスで2019年11月放送