『ボヘミアン・ラプソディ』が大ヒットを飛ばした。クイーンのファンだけじゃなく、ありとあらゆる人が映画を観て感動している。30年以上音楽を仕事にしてきた自分としては嬉しい限りです。ということで、みなさんにフレディ・マーキューリーの物語より感動する音楽映画を紹介したいと思います。
1『ストレイト・アウタ・コンプトン』
伝説のヒップホップ・グループ、ニガー・ウィズ・アティチュードことN.W.Aの伝記映画『ストレイト・アウタ・コンプトン』。アメリカでは『ボヘミアン・ラプソディ』が大ヒットしている時でも、今作の興行記録は書き換えられないだろうと言われていたメガ作品、なんて言われてたんですけど、あっさり抜かれてしまいました。マーケティングの人結構いい加減ですね。
ヒップホップのアメリカでのデカさにびっくりしてしまいますが、実は『ボヘミアン・ラプソディ』とよく似ているのです。『ボヘミアン・ラプソディ』はメンバーが演じているようだという声が多かったですが、『ストレイト・アウタ・コンプトン』は本人たちが演じているんじゃないかと錯覚を覚えてしまうくらいリアルです。主人公の一人アイス・キューブを演じたのが、実の息子だったりするからかもしれませんが、この両作の共通点はリアルさだと思います。登場人物だけではなく、ギターのピックなど本当に細かいところまで嘘がないんです。一言で言うとディズニーランドの世界感です。そんなとこまでリアルに作りこまなくってもいいだろうという所までこだわるあの感じ、それが観る人に感動を与えているのです。
2『Ray/レイ』
そんなリアルさの始まりのきっかけとなったのがジェイミー・フォックスがアカデミー主演男優賞を受賞したレイ・チャールズの伝記映画『Ray/レイ』ではないでしょうか。『ALI アリ』でモハメド・アリを演じたウィル・スミスを超えるジェイミー・フォックスの迫真の演技が見ものですが、一番惹きつけられるのは、華やかなエンターテインメントの世界のようでまだ黒人たちには過酷な状況だった50年代、60年代のアメリカの音楽シーンの世界が観られ、これが今の音楽シーンの創世記だとリスペクトを与えてくれます。その続きのような『ストレイト・アウタ・コンプトン』を観たら、過酷な状況が何一つ変わってないじゃんという怒りも覚えますが。
3『ノーウェアボーイ ひとりぼっちのあいつ』
ジョン・レノンの伝記映画『ノーウェアボーイ ひとりぼっちのあいつ』今まで紹介した映画はアーティストの全人生を一本の映画にまとめる作品でしたが、こちらはジョン・レノンがビートルズを結成する直前の出来事を描いた作品。ジョン・レノンがカリスマになる前、リバプールの不良だった頃をイギリスの現代アートの重鎮サム・ティラー・ウッド監督が、青春っていいなと哀愁たっぷりに描いてくれています。あの日のあの思い出をタイム・カプセルに詰め込んだような手法にやられてしまいます。次は成功前夜ドイツに行くビートルズ、ポップ・スターの頃のジョン、オノ・ヨーコと出会った頃、隠居中のジョンなど、いろいろな続編が作れそうなのに、その後がないのが残念です。作ってください!
4『エディット・ピアフ~愛の讃歌~』
英語圏ばかりだと申し訳ないので『エディット・ピアフ~愛の讃歌~』を。フランス物だと『ココ・アヴァン・シャネル』『イヴ・サンローラン』などのファッション界の伝記映画が面白いですが、それ以上の感動を与えてくれるのは、マリオン・コティヤールの神がかり的な演技と壮絶な人生を歩んだエディット・ピアフの物語だからでしょうか。誰もがが知る「愛の賛歌」の背景にこんなことがあったのかと、クライマックスで歌が流れた時は涙ボロボロです。子供の頃は、“愛のためなら国を捨て、友を捨て、お金も盗んでしまう”と大袈裟なことを歌っているなと思っていましたけど、本当にそうだったんだとびっくりしてしまいました。とっても危険な映画です。
5『スプリングスティーン・オン・ブロードウェイ』
最後は今Netflixで観られる映画を、しかもブロードウェイで236回にわたって行われたブルース・スプリングスティーンの一人芝居(途中奥さんが出てきて2曲デュエットしますが)なんですけど、これも最後に「ボーン・トゥ・ラン」をギター一本で歌う時は涙ボロボロです。でも出だしは「俺はミスター・サンダーロード、ミスター明日なき暴走って言われたけど、それ書いた時は免許持ってなかったんだよ」「自分の書いてきた歌は全部自分が体験したことじゃなく、僕が作った物語なんだよ」という衝撃の告白から始まります。そして、ゆっくりと自分が歌ってきたのはどういうことかということを自分のヒット曲で説明して行くのです。ブルース・スプリングスティーンが何を歌ってきたか、それは観て欲しいんですけど、彼はロックンロールの登場によって分断されてしまった新世代と旧世代を繋げよう、声をなくしていた旧世代の物語を歌おうとしていたんだ、さすがミスター・ボーン・イン・ザ・USAと納得させてしまう映画です。
文:久保憲司