3人の高校生と1人の教師が織りなすほろ苦くも美しい数日のお話
映画『マイ・ビューティフル・デイズ』の原題は『Miss Stevens』。この映画の主人公、人付き合いの苦手な高校生・ビリーが恋心を抱いている英語教師レイチェル・スティーヴンスの名前がそのままタイトル。経験上、登場人物の名前がタイトルになっているラブストーリーはアタリが多い。例えば最近だと『キャロル』(2015年)や『マリアンヌ』(2016年)。あと『ジョン・ウィック』シリーズも……(※強い気持ち・強い愛、的な意味で)。
本作は、演劇科目を選択している高校生3人 ― 行動障害があって不器用なビリーと優等生のマーゴット、陽気なサム ― そして引率の英語教師スティーヴンスが、演劇大会に遠征する3日間のお話。マーゴットは誰よりも芸術に真面目な女の子、サムは元気なムードメーカー、ビリーは人付き合いが苦手で学校でも少し浮いていて、追試もまともに受けようとしないので留年間近。スティーヴンス先生は責任感があって教育熱心。
そんな4人の“キャラクター”が3日間の小旅行によって、お互いに心を瓦解させていく過程を描いた美しい映画です。
シャラメが魅せる、今期いちばん悲しいシーン
マーゴットは真面目すぎるがゆえにアーティストとしての自分に自信が持てず、サムは明るく振る舞ってはいるけれど、好き合う男の子と行き違い。理解されづらいビリーの不器用な行動は、ひとえにスティーヴンス先生のことを知りたい、自分の気持ちを知ってもらいたいという想いから来るものでした。教師と生徒としてではなくて、「俺って男を見てくれよ!」と。
そんな想いから大胆不敵なアプローチを続けるビリーに、スティーヴンス先生の気持ちは揺れ動き、パニック状態。一見教育熱心だけれど、どこか生徒と距離を置いている彼女の本心は、演劇大会のパーティーで出会った他校の男性教師、ウォルターとの会話に表れています。ほろ酔いで「一方的に話すことには慣れているけれど、大人と会話する方法は忘れてしまった」なんてことを言うんですね。
そんなほろ酔いスティーヴンス先生に、ウォルターは出会って5秒で「君は若いね。悩んでいる姿が可愛いね」みたいな予定調和なセリフを吐きますが、「お前に何がわかんだよ!」なんてスティーヴンス先生は言いません。続くシーンでは、セックスを終えて湿ったムードを全身から醸し出している2人。ダサい大人たちの予定調和なセックス。何を見せられてんだ。
めちゃくちゃダサい、けど、わかります。スティーヴンス先生はビリーの予想のつかないアプローチ(アプローチとも一見判断がつかない)に動揺しているわけですから、ウォルターみたいなつまらないオヤジの予定調和感に安心してしまうのですね。特にこういうオヤジって、こんなふうに女性が動揺しているタイミングを見逃しません。もう何万回と吐いてきて、すり減りまくったペラペラのセリフで優しく包み込みます。てか、このオヤジ毎年演劇大会で同じ手使って楽しんでるよ、絶対。
ビリーは2人の行為を察して、ホテルの廊下で打ちひしがれる。今期いちばん悲しいシーンであります。
不器用で不安定に見えるビリーだけど、実はすごく強い人間
そもそもビリーの行動は、そういうつまらない予定調和を崩そうとしてやっているわけです。スティーヴンス先生が閉じこもる“教師”というキャラクターから、引きずり出そうとしているんです。ビリーが求めているのは教師と生徒の危ないカンケイという、よくある“設定”とは遠く離れた、シンプルな人と人との付き合いなんですね。ビリー、すごく強い人間です。
人が多すぎるこの世界で、人と人との付き合いを真面目にやり続けていたら、気が狂ってしまうでしょう。つまらない男ウォルターが終盤に吐く「深入りしないことがコツだよ。生徒っていうのは未熟で愚かな存在なんだから」というセリフは、他者を“立場”や“役柄”で規定してキャラクタライズしながら、社会人としてよろしくやっている我々を映し出した言葉のようにも感じます。こうした暗黙の了解がなければ、社会は立ち行かないというのもまた事実でしょう。全ての教師が「全能でない私が人間に教えることなど不可能だ」と言って教職を降りてしまえば、教育システムは機能しません。“教師”だから“教える”のであって、“教えることができる”から“教師”をしているという前提ではないんですよね。
だからこそ、ビリーは強い人間だと思います。そんな社会の設定を差し引いて、俺自身を見てくれ、と。彼にほとほと憧れました。僕はそんなこと、恐くて言えません。それほどまでにビリーはスティーヴンス先生に本気で恋をしているんです。本気だから、怖く見える。本気だから、時に自分勝手で迷惑な行動をとってしまう。それだけビリーは自分の恋心に本気で向き合っています。
社会という予定調和から抜け出したビリーの恋心が、また別の、ある種の“設定”に収束されるシーンがひとつだけあります。それは演劇大会での芝居のシーン。ビリーはアーサー・ミラーの「あるセールスマンの死」を選び、一人芝居に臨みます。まさにこの映画のハイライト。演劇という究極の予定調和に自分の恋心を落とし込み、スティーヴンス先生への気持ちを他者(=アーサー・ミラー)の創作した台詞にのせて表現します。その前にマーゴットが、テネシー・ウィリアムズの「欲望という名の電車」という戯曲を使って、羽を伸ばすことができない自分自身を“発散”する芝居をするのとは真逆に、ビリーの一人芝居は“忍耐”のように見えます。このビリーの忍耐の芝居に、スティーヴンス先生は終幕後も立ち上がることができません。
学校という舞台を抜け出して、それぞれの登場人物がそれぞれのキャラクターから抜け出していく。ゆっくりと、丁寧に。そんな3日間を描いた美しい映画でした。
文:松嵜翔平
『マイ・ビューティフル・デイズ』は2019年11月1日(金)より公開
『マイ・ビューティフル・デイズ』
ビリーは人づきあいが苦手で無口な高校生。彼が気になるのは英語教師で、どこか憂いのあるスティーヴンス先生。ある週末、ビリーはクラスのリーダー的存在の女の子マーゴットに誘われ、陽気なサムと、引率を引き受けたスティーヴンス先生の4人で車に乗り、演劇大会に参加することに。一方スティーヴンス先生は、出発前に校長から心配ごととして、ビリーには行動障害があり薬を飲んでいることを告げられる。生徒との関係には細心の注意を払いたいスティーヴンス先生だったが、真っ直ぐ感情をぶつけてくるビリーに翻ろうされ―。
制作年: | 2016 |
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2019年11月1日(金)より公開