自分の家族のことを思い出しながら、この映画を作りました
―白石監督の前作『凪待ち』も「喪失」と「再生」をテーマに描かれていましたが、『ひとよ』でも近しいテーマを継続して描かれています。
公開順番としては『凪待ち』で、次に『ひとよ』でしたが、もともと『ひとよ』を先に準備していて、『凪待ち』が急遽決まった作品だったんです。ずっと家族の話を描いてこなかったので、人と人の関係性を描く上で避けては通れないタイミングだったのかなと思います。
―今作は2019年の春に撮影を行い、8月には完成して11月に公開と、製作期間はかなり短期間です。普段とは違うサイクルでの映画作りということで、何か違いはありましたか?
それはすごくありますね。いつもは作品が完成してから1年ぐらい経って劇場で公開されることが多いのですが、1年空くと自分の中で色んなことを反芻して、咀嚼できる時間があります。それが今回はまだできていないので、いつもより不安というか、いろんな意見が出ることに対して免疫がないですね。
―『ひとよ』の試写会に参加した方々からの評判が、かなり高いようです。
ありがたいですね。これだけの豪華キャストが集まったので、俳優の力が大きいと思います。
―劇団KAKUTAの桑原裕子さんによる原作も秀逸ですが、舞台「ひとよ」の映画化を試みようと思った経緯や理由を教えて下さい。
僕自身は「ひとよ」の舞台を拝見できていないのですが、舞台を見たプロデューサーから「すごいものを観てしまいました。映画化する際は白石監督にお願いしたいです」と仰っていただいたんです。お声がけいただいたときには舞台は終わっていたので、戯曲と併せて初演と再演のDVDをいただいて、両方観ました。劇団KAKUTAの舞台は、他の演目は観たことがあったので雰囲気は分かっていましたし、面白い舞台をやられているなという印象は持っていましたね。
【本日千秋楽!13:00開演】
— KAKUTA (@KAKUTA_) June 6, 2015
KAKUTA第25回公演
「ひとよ」
作・演出/桑原裕子@KAAT 神奈川芸術劇場 大スタジオ
ひとは、ひとよでかたちをかえる。
◉チケットお問い合わせ
オフィス・REN:03-6380-1362 pic.twitter.com/TRW5KYXIhV
―血縁である以上、家族は離れることができない存在だと思います。どの家族も順風満帆ではないし、どこか傷を持っているように思います。
おっしゃる通りで、誰しもが必ずつらい体験を一度はします。『ひとよ』は、家族関係がこじれていればこじれているほど共感しやすいと思います(笑)。うちはもともと母子家庭だったんですが、『凶悪』(2013年)公開前に母が交通事故で亡くなってしまったんです。実はその時、弟と6~7年連絡が取れていない状況で、弟は葬式にも来られませんでした。やっとのことで弟と連絡が取れたのですが、彼はすでに結婚していて、子供もいたんです。「何でそんな大事なことを連絡しないの」と(笑)。そんな自分の家族のことを思い出したりしながら、この作品を作りました。
田中裕子の女優魂に唸る! 血縁家族と擬似家族の対比によって描きたかったもの
―母・稲村こはる(田中裕子)が夫を殺し子供たちだけが残された稲村家、認知症の母を持つ<稲丸タクシー>の事務員・柴田弓(筒井真理子)、そして別れた妻との間に17歳の息子を持つ新人タクシードライバー・堂下道生(佐々木蔵之介)など、様々な親子関係を描いた意図を教えて下さい。
稲村家以外に、家族としての比較対象を作りたいと思いました。柴田弓さんの家族、堂下道生の家族には、もう一つの“ひとよ”があります。血縁関係のある家族は問題を抱えていて、苦しそうでした。その一方で、僕はずっと疑似家族を描いていましたが、『ひとよ』にとっての疑似家族は稲丸タクシーで働く人たちです。そっちはとても楽しそうにしていて、血縁関係ある家族と疑似家族の違いって何だろう? と思いながら作品を作っていました。やっぱり血縁関係のある家族は、本当に困ったこと、抱えていることを話せるようで話せなかったりすると思います。ハナからそんな関係はないからこそ、本作の稲丸タクシーのように疑似家族として、楽しい雰囲気を作れたりするのかなと思っていました。
―稲丸タクシーのメンバー、佐々木蔵之介さん、音尾琢真さん、筒井真理子さん、浅利陽介さん、韓英恵さんは、いい意味で肩の力が抜けていて、暖かさのある疑似家族でした。
稲村家との対比ということもありますし、重たい話でもあるので、稲丸タクシーも含めて苦しい世界観にしちゃうと、観ているのがしんどくなってしまう。(稲村家を崩壊に導いてしまった事件は)15年前ですから、苦しみはなくなることはないけれど、15年生きてれば笑うこともあるし、その事件のことを忘れている時間も長くなると思います。人間の営みとして、普通にあることだと思って、稲丸タクシーの空気感を作りました。
―『ひとよ』を鑑賞された方は、田中裕子さんの演技に驚くのではと思いました。2年半待ってキャスティングされたとのことですが、田中さんを起用された理由を教えて下さい。
素晴らしい女優さんで、色んな作品を観させていただいています。『ひとよ』では、田中さんが出てくるファーストシーンから衝撃的です。後々、DVがあったことが描かれますが、冒頭ではあまり深くバックグラウンドが語られていない中で、夫を殺すまで切迫していたのかと、その“すごみ”を出せる人って誰なのかと考えました。いろんな情念の中で女優として生きてきた田中裕子さんだからこそ、大きな力を貸してくれると思ったがことが最大の理由ですね。
特に印象深いのはやっぱりファーストシーンで、田中裕子さん演じるこはるが子どもたちにおにぎりを食べさせるシーンです。作品をご覧いただければ分かると思いますが、こはるはタクシー運転手なのでネクタイを締めていて、そのネクタイが曲がっているんです。外で夫を殺してきて、どこかで血を拭いて、ネクタイが曲がっていることなんか気にせずに家に帰ってきます。おにぎりを食べさせながら、その間ずっと子どもたちになんて言おうか考えているんですよ。僕から、田中裕子さんに「ネクタイの曲がり具合がいいですね。固定しましょうか」と尋ねたところ、「もう縫い付けてあります」と言われました。それが初日の撮影でした。全てにおいて参りましたね。
苦悩する稲村家を演じた佐藤健、鈴木亮平、松岡茉優それぞれの魅力
―母がエロ本を盗んだことを兄弟3人で談笑するシーンが稲村こはるの“母の強さ”を表していて、もし自分の母親だったら中学生のときの自分はどう思うのかと考えてしまいました(笑)。あのシーンに込めた想いを教えて下さい。
あれはキツいですね(笑)、僕も引いちゃいます。「すべらない話」とかで芸人さんが喋るネタですよね。その感じが面白いなと思い、あのシーンも物語に入れることにしました。撮影する前に、プロデューサーもこのシーンは心配していたんですが、田中裕子さんだったら上手く演じてくれるだろうなと予想していて、案の定、絶妙な距離感で演じてくれました。
―佐藤健さんは、複雑な想いを持つ次男の雄二という難しい役を演じられています。監督自ら指名したそうですが、その理由を教えて下さい。
健くんが演じた雄二という役は、自分の気持ちを言えない感じがあって、誰よりも母親や兄妹のこと、なりたい自分になれていない人生に対して、忸怩たる思いがあります。健くんはクールな印象がありますが、映画作りに対する真摯な姿勢と熱い気持ちがある方なので、そのクールな部分と熱さが出せるところを掛け合わせたら、すごく良い化学反応が起きると思ったんです。
―鈴木亮平さん演じる兄の大樹は内向的で、母への想いが強く、母の帰還に一番戸惑いを感じていました。大樹をどんなキャラクターとして描こうと思いましたか?
“弱い鈴木亮平”はあまり見たことないですよね。そのギャップがいいなと思ったことと、彼はキャラクター造形が上手なのですが、いい意味で不器用さも持っているので、大樹にはぴったりだと思いました。イメージとして、弟よりも無駄にデカく育った感じの見え方もいいなと(笑)。
―松岡茉優さんは、人一倍エネルギッシュな妹・園子役を演じられました。
茉優ちゃんは大女優の道を歩み始めています。天才ですね。稲村家の空気感を“兄妹”にしてくれたのは、松岡茉優の力が大きいですね。撮影中、台詞を喋っていない時間に何していいかという時間帯もあるし、その時に何をやれるかという間の埋め方がとても上手です。茉優ちゃんはお酒を飲まないんだけど、田舎のスナックにいる感じが似合っているんですよ。スナックで茉優ちゃんがカラオケで歌うシーンでは、岡村孝子さんの「夢をあきらめないで」を歌っていますが、これは僕から闘病中の岡村さんに対するエールでもあります。
「暗そうに見えるけれど、新しい朝が訪れる映画。安心して芝居合戦を純粋に楽しんでほしい」
―監督ご自身が本作に手ごたえを感じたのは、どのタイミングでしょうか?
役者さんたちが芝居しているときの充実した顔を見たときですね。表現するのが難しいんですが、豊かに撮れている感じがありました。こっちの表情もいいし、この演技もいいし、撮っていてすごく手ごたえがあった。なおかつ、観た方々が「脚本が面白い」と高く評価してくれるので、とても自信になりましたね。
―『ひとよ』を楽しみにしている皆さんにメッセージをお願いします。
家族を軸に人と人との関係や、普遍的なものを描いているので、この映画を観ると色んなことを考えるきっかけになると思います。佐藤健さん、鈴木亮平さん、松岡茉優さん、田中裕子さん、そして佐々木蔵之介さんなど、演技が上手い俳優さんしか出ていないので、芝居合戦を純粋に楽しんでいただけると面白いと思います。一見、暗そうな映画だけど、予告にあるように稲村家に新しい朝が訪れるという映画にもなっているので、安心して観てほしいです。
―少し話は変わりますが、最後に今年ご覧になった作品で印象深かったものを教えて下さい。
邦画だと『宮本から君へ』(2019年)ですね。真利子哲也監督にしか描けない世界観でした。それと『惡の華』(2019年)も凄く面白かったし、松尾スズキ監督の『108 ~海馬五郎の復讐と冒険~』(2019年)も良かった。洋画はアルフォンソ・キュアロン監督の『ROMA/ローマ』(2018年)、それとアリ・アッバシ監督の『ボーダー 二つの世界』ですね。『ボーダー 二つの世界』は真面目に真面目に作っていたら、クレイジーな映画ができてしまったという、理想的なカルト映画ですね。美しい生命の映画です。主人公たちが森の中を走って、湖で泳いで、「◯◯食べな」とか言ったり、まったく◯◯しない◯◯◯◯シーンが描かれたり。すごい映画でしたね。
『ひとよ』は2019年11月8日(金)より全国公開
『ひとよ』
どしゃぶりの雨降る夜に、タクシー会社を営む稲村家の母・こはる(田中裕子)は、愛した夫を殺めた。
それが、最愛の子どもたち三兄妹の幸せと信じて。そして、こはるは、15年後の再会を子どもたちに誓い、家を去った―
時は流れ、現在。次男・雄二(佐藤健)、長男・大樹(鈴木亮平)、長女・園子(松岡茉優)の三兄妹は、事件の日から抱えたこころの傷を隠したまま、大人になった。
抗うことのできなかった別れ道から、時間が止まってしまった家族。そんな一家に、母・こはるは帰ってくる。
15年前、母の切なる決断とのこされた子どもたち。皆が願った将来とはちがってしまった今、再会を果たした彼らがたどりつく先は―
制作年: | 2019 |
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監督: | |
出演: |
2019年11月8日(金)より全国公開