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ブルース・リーはモハメド・アリを倒せたか? 映画と格闘技の世界で伝説となった男

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ライター:#椎名基樹
ブルース・リーはモハメド・アリを倒せたか? 映画と格闘技の世界で伝説となった男
『燃えよドラゴン』© 2019 Warner Bros Entertainment Inc. All Rights Reserved.

梶原一騎が昭和の子どもたちに植え付けた「パラレルワールド作話」の破壊力

非常に卑怯である。卑怯であるからこそ面白い。いや、必ず面白くなる方法だから卑怯だと言うべきか。クエンティン・タランティーノの5年ぶりの新作『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』(2019年)は、彼の作品『イングロリアス・バスターズ』(2009年)と同じく、架空の登場人物と実在の人物が絡み合い、最後には歴史をねじ曲げてみせるという、なんとも力技なストーリーであった。日本のポスターには「タランティーノがハリウッドの闇に奇跡を起こす」という、もはや開き直っているともとれるキャッチコピーが書かれている。

キャラ付けが最初から出来上がっている実在の人物が、ファンタジーの世界で動き回るわけで、感情移入が容易で面白くならないわけがなく、ちょっと卑怯だと私は思うのだ。そして私は、この手法が昔から大好きなのである。それは、私の世代は、この虚実が重なり合う、言わば“パラレルワールド作話”とも言うべき手法を、劇画原作家の梶原一騎の作品群によって、子供の頃から親しんでいるからなのだ。

少し長くなるが、梶原一騎の代表作「巨人の星」の第1話を引用したい。この手法の破壊力と卑怯さ(笑)が如実に表れているし、何より最高におもしろい。物語は長嶋茂雄が巨人軍に入団するところから始まる。入団発表パーティーに忍び込んだ、少年の星飛雄馬(主人公)は長嶋に向かって魔送球を投げつける。

魔送球とは、かつて巨人軍の内野手だった飛雄馬の父・一徹が一塁に走る打者走者に向かって投げつけ、相手が怯んで足を止めると、大きく曲がりファーストミットに収まりアウトを取る秘術だ。しかし監督の川上哲治は「名門・巨人軍はビーンボールを認めない」と言って、一徹をチームから追放した過去があった。

川上は、パーティー会場から逃げ出した飛雄馬の後を追う。そして、星一家の自宅を見つけ出す。かつてのチームメイトの貧乏生活を見た川上は「あまりにひどい生活だ」と言って、財布からお金を取り出す(千円札3枚)。ふと見ると壁に穴が空いているので、そこからお金を投げ入れようとする。すると、その穴から野球ボールが飛んで来る。その穴は飛雄馬の練習用に空けられた穴で、室内からボールを投げて穴を通して野外の木に当てて、跳ね返ったボールは再び穴を通って飛雄馬の手元に戻るのだった。その神業を見た川上は「友よ、君にこれほどの天才を育てる資格があるのかテストしてやる」と訳のわからないことを言い出して、落ちていた角材でそのボールを打ち返す!

https://www.youtube.com/watch?v=amUAybsv8aM

映画とは関係ない引用が長くなってしまったが、“パラレルワールド作話”の破壊力はわかってもらえたのではないかと思う。冒頭からフルスロットルな話の展開は、キャラ付けされている実在の人物なしではありえないだろう。「巨人の星」以外では「タイガーマスク」「空手バカ一代」などの梶原作品がこの手法を採用していて、どれも最高におもしろい。私はこれらの作品を、密かに“法螺話(ほらばなし)”と掛けて「法螺(ホラー)作品」と呼んでいる(笑)。

リーはアリに勝てたか?『ワンハリ』で描かれた夢のvsタイラー・ダーデン

『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』では、架空のキャラである、レオナルド・ディカプリオ演ずる俳優のリックと、ブラッド・ピット演ずるスタントマンのクリフが、俳優が演ずる実在の人物、シャロン・テート、ロマン・ポランスキー、ブルース・リー、マンソンファミリーなどと絡み合うわけであるが、その中でも架空のキャラ以上の個性を放つブルース・リーの絡みが、やはり際立って緊張感がある。

ブルース・リーを演じるマイク・モーは、リーのあの尊大だが、他人を惹きつけ説き伏せてしまう、身振り手振りが多い話し方を完コピしていて、それは圧巻の出来栄えだ。そして、あたかも本物のブルース・リーが言ったがごとく、「私はモハメド・アリを倒せる」と発言する。

それを聞いていた腕自慢のブラッド・ピッドが、聞き捨てならぬとばかりに茶々を入れて、一戦交えることになる。ここにブルース・リーvs『ファイト・クラブ』(1999年)のタイラーという、夢のファンタジーファイトが実現する。ブルース・リーは吹っ飛ばされ、ドアが凹むほど激しく車に打ち付けられる。タランティーノはブルース・リーを、口が達者で横柄な男であり、格闘の実力も疑わしいかのように描いている。

『ブレイキング・バッド』(2008年~)のスピンオフドラマ『ベター・コール・ソウル』(2015年~)では、こんなシーンがあった。警備員の男2人が、ブルース・リーとモハメド・アリはどっちが強いか言い争っている。それを見た上司のマイクが「ブルース・リーが銃を持っていたら勝ち、そうでなかったらアリの勝ち」と突き放す。マイクは冷徹な殺し屋で、作品の中で最強の戦闘力を持つ男だ。その男の言葉だけに説得力がある。

「モハメド・アリvsブルース・リー」は与太話の最高のテーマであり、その中ではいつも「アリ=リアル、リー=ファンタジー」で片付けられがちだ。しかし、武道家としてのブルース・リーの評価は、近年どんどん高くなっている。MMA(ミックスド・マーシャル・アーツ)の人気が定着したことにより、その祖としてブルース・リーは認知されることになった。MMAとは、日本発信の<PRIDE>という格闘イベントが人気になったことからその地位が世界的に確立されたので、知っている人が多いと思うが、いわゆる“何でもあり”をスポーツ化した格闘技だ。

ブルース・リーが開祖であるジークンドーは、いち早くMMAの理念を体現化した武道だった。MMAで使用されているオープン・フィンガー・グローブ(掴むことができる、ボクシング・グローブ)を開発したのもブルース・リーだ。

アンデウソン・シウバ、ジョン・ジョーンズというMMA史上最も偉大なチャンピオンの二人は、ブルース・リーの熱狂的なファンとしても知られる。アンデウソン・シウバは黄色に黒ラインのトラックスーツで入場する。ある時はスティーヴン・セガールをセコンドに従えていた。その試合では、爪先で相手の顎を蹴り上げるという神業で一発KO勝ちした。試合後、その蹴りは「セガールから伝授された」と語った。本物の格闘家は、ファンタジーを単なるファンタジーだと捉えてはいない。

ジョン・ジョーンズはドキュメンタリー映画『I AM BRUCE LEE』(2012年)の中で、「(ブルース・リーに対して)そこに見えるのは怒りじゃなく、美や情熱であり、芸術だ」「人助けのつもりで殴っている。相手の弱さを取り除いてやっている」と、何やらブルース・リーが言いそうな哲学めいたこと言っている。また、この映画にはモハメド・アリと同等かそれ以上に、伝説的な評価を得ることになるであろう、ボクサーのマニー・パッキャオも登場し、ブルース・リーの真の強さを語っている。「アリとどっちが強いか?」などという子供じみた話ではなく、ブルース・リーの格闘家としてのクリエイティビティに皆、敬意を持っている。

あの大げさで不遜な態度の裏には苦汁を舐めたがゆえの強烈な反骨心があった

『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』に登場するブルース・リーはTVシリーズ『グリーン・ホーネット』(1966年~)に出演していた頃で、派手なアクションで人気を博し、その後TVシリーズ『燃えよ! カンフー』(1972年~)を企画し自ら出演を願ったが、その座は白人俳優に奪われてしまう。ハリウッドに見切りをつけたリーは香港に渡り、レイモンド・チョウに出会い『ドラゴン危機一発』(1971年)『ドラゴン怒りの鉄拳』(1971年)『最後のブルース・リー/ドラゴンへの道』(1972年)と大ヒットを飛ばし、地位を不動のものにする。それはどれも、外国人により虐げられた中国人が反旗を翻すストーリーだ。

ブルース・リーは18才の時に100ドルだけ持って渡米し、新聞配達などをしながら大学まで卒業する。あるブルース・リーのドキュメンタリーの中で、「当時、最もひどい差別を受けたのは、東洋人の男性だった」という証言が印象に残っている。女なら近づく異性もいよう。しかし、男はそうはいくまい。非常にうなずけるリアルな証言だ。

ブルース・リーのジェスチャーの多い、誇大妄想めいた大言壮語は傲慢とも映る。しかし、同時に人を惹きつけ虜にする魅力に溢れている。その話術は、強烈な反骨心が裏付けとなっている。

2019年11月にCS映画専門チャンネル ムービープラスで放送される『燃えよドラゴン』(1973年)は、香港から世界的ヒットとなった3作品の評価を得て、ブルース・リーがハリウッドに返り咲いた作品だ。『燃えよ! カンフー』で味わった屈辱を、リーはここで晴らすこととなった。当然、リーの意気込みは並々ならぬものがあった。しかし、公開を待たずしてブルース・リーは急死し、『燃えよドラゴン』は事実上の遺作となる。

『燃えよドラゴン』
ブルーレイ ¥2,381+税/DVD ¥1,429 +税
ワーナー・ブラザース ホームエンターテイメント
© 2019 Warner Bros Entertainment Inc. All Rights Reserved.

シャロン・テート事件から4年、ハリウッドの悪魔が喚起したとしか思えない「現実のファンタジー」を締めくくるのが『燃えよドラゴン』だ。

文:椎名基樹

『燃えよドラゴン』はCS映画専門チャンネル ムービープラスにて2019年11月放送

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燃えよドラゴン

かつて少林寺の修行僧で、香港裏社会を仕切るハン。彼が3年毎に開催する武術トーナメントの招待状が、世界中の武術家に送られた。少林寺で修業中の若者リーは、ハンが私腹を肥やす麻薬密売の実態を暴くため、そしてハンの手下に殺された姉の復讐のため、トーナメント会場へ単身乗り込んでいく。

制作年: 1973
監督:
出演: