マカロニ・ウエスタンから『ダーティハリー』へ
肝心なことは、こういう背景を持つイーストウッドをいかにして現代劇に移し替えるか、だった。その主題こそハリー・キャラハン、つまり『ダーティハリー』(1971)の登場だ。彼が使う6連発拳銃こそマカロニ・ウエスタン(以後MW)の名残で、決め台詞の1つ、「撃ち合いに気をとられて、5発撃ったのやら6発撃ったのやら覚えていない。この拳銃に後1発残っているかどうかに賭けてみようじゃないか」と敵に持ちかける。敵が「賭け」をためらうとハリーの6連発の撃鉄がカチリと鳴って相手が悔しがるが、最大の敵スコルピオは残っていないほうに賭けて、最後に残っていた1発でついに仕留められる。この「ロシアン・ルーレット」は西部劇では時に使われたから、ダーティハリーが受け継いだ西部劇またはMW遺産の重要な一例といえるだろう。
『ダーティハリー4』(1983)で披露される決め台詞「メイク・マイ・デイ」は、「おれはご機嫌だぜ」とでも解釈できるが、元々「デイ」という言葉には重い意味が籠められている。「イッツ・ノット・マイ・デイ」は「今日は思い通りにいかない」とか、「今日はさんざんだ」という意味になるように、我々にとって以上に欧米では1日が人生の成否の基本として重要な意味を持つのだ。この決め台詞はダーティハリー専用ではなく、『ザ・モンスター』(1982)で刑事トム・ウォルシュ役の俳優(ゲイリー・スワンソン)が使ったのが最初と言われる。
余談になるが、映画『いまを生きる』(1989)では ラテン語の「Carpe Diem(カルペ・ディエム)」が校是となっているプレップスクール(アイビーリーグへの進学校)が舞台となるが、校是のラテン語の英訳は「シーズ・ザ・デイ(その日を掴め)」である。私はこのラテン語を父母の墓石にカタカナで刻んでもらった。アメリカの作家、ソウル・ベロウは「シーズ・ザ・デイ」を短編小説の題名に使った。「デイ」とはひっ掴まないとウナギのようにすり抜けていく“何か”なのである。従って「メイク・マイ・デイ」に籠められた思いの奥行きが推し量れる。
個人主義を撓められた日本では誰にも1日の重みが分かるのは定年以後、社会のしがらみから解放された時で、つまりは勤務先で確立されていた日課を毎朝、自力で創り出さないといけなくなったときである。自力で日課を創るのは誰にでもできるわけではない。筆者にそれが分かったのは、元の勤め先で「公開講座」での出講を求められ、明大の受講者総数が2万名と聞かされたときだった。受講者らの平均年齢は65歳~75歳、多くはOBだった。彼らは日課編成を公開講座受講で代用したのだ。明治大学以外の諸大学も公開講座を開講、OB、OGたちの受講者総数は膨大な数に上るはずである。2万名とは中規模の大学1つにも相当する膨大な人数なのだ。
さて、レーガン大統領はこの決め台詞を以下のように真似した。「民主党が増税案を出してくるなら拒否権をぶちかますぞ。ユー・メイク・マイ・デイ」。ここで聴衆はどっと笑った。レーガンは映画の“ダーティハリー”のように力まず、付け足しのようにこの決め台詞を言い足した。
ハリーの姓はキャラハンでアイルランド系だが、レーガンの父親はアイルランド系カトリック信徒、母親は「キリストの弟子」というプロテスタントの小宗派信徒だった。両親は長男をカトリック、次男ロナルド、つまりレーガンを「キリストの弟子」というプロテスタントの少数派の信徒にすることで折り合いをつけた。レーガンの親世代ではカトリックとプロテスタントの結婚は極めて異例だったのだ。日本の現皇后が聖心女子大というカトリックの女子大を出ていると知らされて驚いたアメリカ人は多かった。ケネディが殺されて半世紀を経てもカトリックの大統領は登場していないことを思えば、レーガンが次男だったからこそ大統領になれたと分かる(まさに「メイク・マイ・デイ」だった)。
イーストウッド本人には英系以外にアイルランド系の血も混じっているから、『ダーティハリー』で純粋なアイルランド姓、キャラハンを持つハリーに対して、殺人鬼スコルピオが「カトリック僧侶を血祭りに上げる」と脅迫するのは現実性があるのだ。これを思うとダーティハリーの決め台詞にはアイルランド系の怨嗟が残響している! プロテスタント主流のアメリカではカトリック、特にアイルランド系カトリックは甚大な犠牲を払ってきたにもかかわらず痛烈な差別にさらされた。もっとも、「サソリ」の意味を持つスコルピオもまた中南米系の名(「スコルピオ」にはラテン的響きがある)を持つから、元はカトリックだったかと思われる。ならば同信者が敵味方に分かれているのだ。アイルランド系は無一文でアメリカへ移住してきたので、即収入にありつける警官、消防士、兵士になった。つまり命を売ったのである。そこへいくと勤勉実直が売りのドイツ系移民は小金を貯めて移住し、すぐに農場を買った。従って今日でもアメリカの農業はドイツ系が大きな位置を占めている。アイルランド系が命を売ったことは、今日まで続き、“9.11”で犠牲になった消防士の大半がアイルランド系、古くは南北両軍で最多の戦死者を出したのもアイルランド系だった。アイルランド系がアメリカで払った「甚大な犠牲」とはこのことである。
ハリーの宗旨がカトリックかどうかは映画では窺えないが、キャラハンというアイルランド姓、西部劇時代の武器への固執などの頑固さ(多発拳銃の今日、6連発に固執する頑固さ)はイーストウッドが西部劇俳優出身であること以上に、ハリーのアイルランド的性格の決定に深く関わっていると思われる。
『運び屋』は2019年3月8日(金)より全国ロードショー
『運び屋』公式サイト
『ダーティハリー』シリーズ5作品CS映画専門チャンネル ムービープラスにて12月放送
「2ヶ月連続!特集:イーストウッド×ウエスタン」CS映画専門チャンネル ムービープラスにて12月、1月放送