『ダーティハリー』シリーズ5作の運命とイーストウッドの共和党へのこだわり
『ダーティハリー』こそ、このシリーズを第2の現代版マカロニ・ウエスタンに仕立てる試みだったが、残念ながら5作目でシリーズは打ち切りとなる。イーストウッドが監督した『ダーティハリー4』では、姉妹でレイプ被害を受け、精神崩壊した妹の復讐のために姉が犯人に立ち向かう。犯人たちを仕留めていく姉に対してハリーが手を貸すわけだが、彼の同情理由がイーストウッドのフェミニズムにあったとすれば、今回のトランプ支持層(いわゆる下層白人男性)を怒らせたのが、後のシリ−ズ打ち切りの背景かもしれない。
ただし、この映画が製作された1983年にはレーガンが大統領になっていて、トランプの登場はずっと後だ。しかし、2016年にトランプを担ぐ「ホワイト・トラッシュ(「白人の屑」)以後WT」は、「南部民主党員の中核で、WTらは1960年代終わりにニクソンによって共和党に取り込まれていた(ニクソンはWTらの公民権運動に対する憤懣につけ込んで彼らを「沈黙する多数派」とおだてあげたのである)。
元々民主党は南部の政党で、共和党こそ奴隷解放を実現した「輝かしいリンカーンの北部の政党」だったが、この政党は1968年時点でニクソンによって保守反動政党に作り変えられていたのだ。ニクソンによって共和党に取り込まれた南部民主党員らは最低のWTが多く、元々「ディクシークラッツ(南部民主党員。以後DC)」と呼ばれ、本格的な革新政党・北部民主党から唾棄されていたから、ニクソンは易々とDCを共和党に取り込めた。こうして「リンカーンの共和党」は、奴隷解放の100年後に一転保守反動政党に豹変したのである。以後の共和党政治家はこれらの共和党を乗っ取ったDCにおもねらないと政治家として成功できなかった。レーガンこそ「おもねり」の名手で、福祉に依存する黒人を揶揄する「犬笛」を創出した。つまり「福祉=黒人」という暗号を創出、犬にしか聞き取れない犬笛との連想から「犬笛政治」と呼ばれたのである。
自分とは気質的に相容れないDCに乗っ取られた劣化しきった今日の共和党にイーストウッドが固執する理由は不明だが、察しがつくのは彼が良質だったころの共和党にこそ共感し、多彩な才能と幸運に恵まれた彼らしく労組を中心としてきた民主党の平等主義に違和感を抱いていることだ(彼ほどの多彩な才能の持ち主には極端な平等主義は「悪」になる)。とはいえ、彼のフェミニズムこそまさに平等主義の極致であり、イーストウッドはかなり複雑な人格の持ち主と見るしかない。
さて、ディクシークラッツ、下層白人の元南部民主党員は前記のように白人の屑=「ホワイト・トラッシュ(WT)」と呼ばれるが、公民権運動に猛烈に抵抗、この運動で利益を掴んだ有色人種や女性に差をつけられたという憤懣で結束した。特に少数派と女性の進学・雇用・昇格・ビジネス契約面での優遇措置「アファーマティブ・アクション」(以後AA)のせいで少数派と女性の中流化が進んだが、白人男性らはAAの御利益に与れなかった。この恨みからWTらは、2016年の大統領選ではヒラリー・クリントンに一斉に背を向けてトランプを選んだ。他方、イーストウッドのフェミニズムは彼の本来の領域、前述の西部劇映画『許されざる者』で娼婦に味方する姿勢に露呈した。これはイーストウッドとWTの大きなずれだ。このフェミニズムは元来民主党の主題だが、イーストウッドは基本的に共和党支持である。2012年の共和党大会の演壇に無人の椅子を持ち出し、そこにオバマが座っていると想定、「見えないオバマ」をいびる演出で世間を驚かせたが、効果は上がらなかった。この場面こそ、ジャズにも詳しいイーストウッドの多面性が時に的外れに終わることの典型だったのかもしれない。
肝心なことは、WTこそ元来は労組員で、労組は民主党支持層の要だったにもかかわらず、公民権運動で利益を掴んだ有色人種と女性に比べて、AAで御利益に与れなかったWTが共和党支持に鞍替えした(前述のニクソンによるDCの共和党への取り込み)のに比べて、イーストウッドこそ気質と多彩さゆえに元来共和党的かつ貴族的で、ハリウッドで労組を率いながら公民権運動が政治地図を描き変えた事実にいち早く気づいて共和党に乗り換えたレーガンのちゃっかりぶりと大きく違う点だろう。この「下克上」は「東部エスタブリッシュメント(昔の共和党の土台)」の総帥だったブッシュ一族の家長にして連邦上院議員だったプレスコット・ブッシュもいち早く察知、DCの巣窟テキサスに息子ジョージ(2018年11月30日死亡)を移し、この先見の明で議員の息子と孫であるブッシュ父子は親子で大統領になった(これは史上2例目の異例の幸運)。
イーストウッドの分かり難い傾向とこの気質は、彼が強大な中央政府に背を向ける点ではレーガンの主張と合致する点で氷解する。その彼が、カリフォルニアの太平洋沿岸の上流白人の町カーメルの市長を引き受けたことで、私自身、白砂青松のこの海辺で憩う上流白人の男女を見たとき、イーストウッドの旧来の共和党的マインドを理解できた。これらの男女は連邦政府に高い税金をむしりとられることを唾棄している。しかし、イーストウッドはフェミニズムやマイノリティの権利向上には賛成なのだ。この後の姿勢はWTには絶対に受け入れられない。以上が『ダーティハリー』シリーズが5作目で潰えた背景への推察である。
『運び屋』は2019年3月8日(金)より全国ロードショー
『運び屋』公式サイト
『ダーティハリー』シリーズ5作品CS映画専門チャンネル ムービープラスにて12月放送
『許されざる者』ほか「2ヶ月連続!特集:イーストウッド×ウエスタン」CS映画専門チャンネル ムービープラスにて12月、1月放送