『アベンジャーズ/エンドゲーム』をはじめ、『ライオン・キング』、『トイ・ストーリー4』といったお馴染みの大作映画が並ぶ2019年の北米興行収益ランキングのなかで、異彩を放っている作品がある。デビュー作『ゲット・アウト』(2017年)でアカデミー賞脚本賞を受賞したジョーダン・ピール監督の第2作『アス』(2019年)がそれだ。自分たちとそっくりの謎の存在と対峙する一家の恐怖を描いたサスペンススリラーで、製作費は控えめで、R指定。おまけに原作が存在しないオリジナル映画である。そんな小規模の作品が、超大作がひしめく北米興行ランキングで7位に食い込んでいるのだ。実際、トップ10のなかでオリジナル映画は『アス』しかない。
独創的なホラー作品でヒットを連発するジョーダン・ピール監督に、『アス』の誕生秘話から、クリエイティビティの源流まで語ってもらった。
―最新作『アス』はいったいどこからアイデアを思いついたんですか?
僕自身が抱えるドッペルゲンガーへの恐怖心から(笑)。子供の頃、地下鉄の向いのホームに、自分とそっくりの子供を見かけることが何度もあった。そのたびに、背筋が凍りついた。どうしてそんな幻覚を見るのか、まったく理解できなくて。今回、主人公とそっくりの赤の他人が登場する映画をやろうと決めたとき、もし、そっくりさんに家族がいたら、新たな可能性が開けるぞと考えたんだ。これまでのドッペルゲンガーをテーマにした映画にはそのパターンはないからね。
―ちなみに、自分とそっくりな人と対面したことはありますか?
ありがたいことに、ない。マイケル・B・ジョーダンとは直接会ったことがないので(笑)。
―(笑)。
実際は、『コスビー・ショー』(1980年代に人気を博したシチュエーション・コメディ)のジェフリー・オーウェンズに似ているとよく言われる。彼こそが僕のドッペルゲンガーかもしれない(笑)。
―ミステリーで物語を引っ張っていきますが、すべての謎に答えているわけではありませんね。
僕にとって大事なのは、上映中に観客が楽しい時間を過ごすこと。そして、鑑賞後に話したくなる話題をたくさん提供すること。僕が好きなホラー映画は、エンディングがクエスチョンマークで終わるものがほとんど。物語がきれいに終わらない。もちろん『ゲット・アウト』でもこの映画でも、作り手の僕はすべてを理解しているよ。設定をかなり詳細に作り上げた。だが、種明かしの度合いについては細心の注意を払った。すべてを明かしてしまったら、自分で発見したり、議論する楽しみを観客から奪ってしまう。なにより、せっかくのスリルや恐怖がなくなってしまうからね。
―ホラー映画というジャンルのなかで、独創的な作品を連発していますが、どうやってアプローチしているのでしょうか?
ぜんぶ、僕自身が持ちあわせている悪夢や幻覚と、これまでの人生を通じてインスピレーションを与えてくれたものとの組み合わせなんだ。だからこそ、他のホラー映画をはじめ、これまでに影響を受けたものへのオマージュを意図的に盛り込んでいる。自分自身のビジョンと、それまでに影響を受けたものをひとつの釜で煮込んだら、独創的なものが仕上がると僕は信じている。それこそ僕が憧れる映画作家たちがやってきた方法だと思うし。
―テレビドラマ『トワイライト・ゾーン』の新作の製作総指揮を手がけていますが、これは過去のエピソードのリメイクなのですか?
いや、リメイクじゃない。すべて新しいエピソードなんだ。だからこそ気が重い(笑)。
―(笑)。
なにしろ、ロッド・サーリングというストーリーテラーの達人のあとを継ぐわけだから。それでも引き受けたのは、いまの世界にはもっと寓話が必要だと感じたからなんだ。(トランプ政権になってからの)過去2年、「『トワイライト・ゾーン』のなかにいるみたいだ」とみんなが口にしている。僕自身、その台詞を何度も聞いている。それだけロッド・サーリングが生みだした『トワイライト・ゾーン』は強い印象を残しているんだ。偉大なコンテンツは、重要なテーマを伝えるためのトロイの木馬となり得ると思う。僕らが他人の意見に真剣に耳を傾けるのは、楽しいと感じたときだけだから。だからこそ、『トワイライト・ゾーン』は歴史上もっとも偉大なテレビドラマとして君臨している。サーリングの名を汚さないシリーズにできればいいなと思ってる。
―主人公が不可思議な現象と対峙するという『トワイライト・ゾーン』のパターンは、あなたの作品にも通じますが、お気に入りのエピソードはありますか?
一番最初に見たエピソードは覚えていないけれど、最初に影響を受けたのは、トーキング・ティナが登場するエピソードだ(「殺してごめんなさい(原題:Living Doll)」シーズン5第6話)。ホラーがテーマとなっているし、邪悪な人形という明解なコンセプトのおかげで、誰もが楽しめる作りになっているのが素晴らしい。複雑なテーマを、美しく、シンプルに描いたという点において、大きな影響を受けている。あとはやっぱり傑作「人類に供す(原題:To Serve Man)」(シーズン3第24話)だね。最後の大きなオチに向かってフリが続いていくだけなんだけれど、アプローチがシリアスそのものだし、物語のスケールがとてつもなく大きい。あのエピソードには圧倒されたね。
―コメディアンとして活躍していたあなたが、映画監督に移行したのはなぜですか?
ホラー映画の監督になるのは、十代のころからの夢だったんだ。子供時代の僕のヒーローは、ティム・バートン、スタンリー・キューブリック、スティーヴン・スピルバーグ、スパイク・リー、ジョン・カーペンター、ロマン・ポランスキーだった。『ローズマリーの赤ちゃん』(1968年:監督ロマン・ポランスキー)なんかは、映画史上最高の作品のひとつだと思っている。でも、映画が好きすぎるがゆえに、その方向にいかなかった。絶対に失敗したくなかったから。もし、駄作を作ってしまったら、立ち直れないほどのショックを受けてしまうと分かっていた。それで、コメディの道に進んだ。もともとこっちにも興味があったし、なによりすぐに満足感を味わえるのがいい。笑いを得るか、得ないかのどちらかだけ。すぐに結果が分かるし、うまくいかなくても、すぐ次のジョークに行けばいい。
でも、8年か10年ほど前に、ホラー映画の監督になるための準備を開始した。長い間、誰の理解も得られなかった。「せっかくコメディの世界でキャリアがあるのに」と言われてね。エージェントも失ってしまった。でも、僕は言い続けた。「ホラー映画というジャンルの中で伝えたいことがある。だから、そっちの方向にいきたい」とね。ただ、まさかこんな立場になることになるとは、想像もしていなかったよ。いま自分は他人や業界に影響を与えることができる恵まれた地位にいる。誘惑がないとは言わないが、僕の目的ははっきりしている。誰かが作ってくれたらいいのに、と思う作品を自分で手がけていくだけだよ。
取材・文:小西未来
『アス』は2019年9月6日(金)より公開
アス
アデレードは夫のゲイブ、娘のゾーラ、息子のジェイソンと共に夏休みを過ごす為、幼少期に住んでいた、カリフォルニア州サンタクルーズの家を訪れる。早速、友人達と一緒にビーチへ行くが、不気味な偶然に見舞われた事で、過去の原因不明で未解決なトラウマがフラッシュバックする。やがて、家族の身に恐ろしい事が起こるという妄想を強めていくアデレード。その夜、家の前に自分達とそっくりな“わたしたち”がやってくる・・・。
制作年: | 2019 |
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監督: | |
出演: |
2019年9月6日(金)より公開