草彅剛主演映画『台風家族』が紆余曲折を経て、ついに2019年9月6日(金)より3週間限定で公開される。10年ぶりに実家に戻って来た鈴木家の4人の兄妹。理由は、銀行で2000万円を強盗したまま行方がわからなくなった両親の“見せかけの葬儀”のためだ。世界一クズな一家だけれど、何故か憎めない。そんな鈴木家の台風のような夏の一日を描く物語。
草彅にとって『中学生円山』(2012年)以来の長編主演作であり、監督の市井昌秀(『箱入り息子の恋』2013年 ほか)が長年あたためてきた、家族への思いが詰まった作品だ。
2018年の夏、猛暑に見舞われた栃木県藤岡町でのロケを振り返りつつ、草彅剛と市井昌秀監督に、台風もびっくりするほどの本作への熱い想いを語ってもらった。
この映画は待っていてくれた皆さんの声と監督の熱意がなかったら公開できなかった
―公開を待っていたファンの方々へ、まずは一言お願いします。
草彅:みなさんの応援の声が届いたことは大きいですね。それがなかったら実現しなかったことなので。市井監督は特にそうだと思いますが、キャストもスタッフも、どうなるのかなと心配していましたし、2018年のひと夏の僕らの情熱というか、スクリーンから溢れ出る想いが、まったく世の中に届けられないのはすごく悔しいなと思っていましたから。
色々ありましたが、僕は嬉しいですし、待っていてくれたファンの皆さんに早く観てもらいたいです。みんないろんなところに声を届けてくれて本当にありがとう、という気持ちです。
―ツイッターなど公開希望の書き込みをたくさん見かけましたが、SNSが後押しした力は大きかったですか?
市井:そうですね。たくさんの方の「映画を観たい」という気持ちの後押しがあって、公開できることになったので、すごく有り難いですし、嬉しいです。
草彅:みなさんの声、それと監督の熱意がないと公開できなかったですから。
―父親と確執があり、実家に寄り着かなかった鈴木家の長男“小鉄”は、草彅さんを想定して書かれたそうですね。
市井:ストーリー自体は、原型となるものがずいぶん前からあったんです。ずっと書き溜めていたものが具体的になっていき、いざ草彅さんに出ていただけると決まって、そこで小鉄という役名を決めたんです。
草彅:そうなんですか? いま初めて聞きました。
市井:最初は小鉄じゃなく、“のぼる”みたいな普通の役名だったんです。父親の“一鉄”(藤竜也)という役名は昔から決めていたんですが。長男・小鉄の小さいことにこだわるとか、ずるさや昔のことを引きずっているところなど、そういう人間くさいところは草彅さんの中にもあるだろうと僕は思っていたし、こういう役を草彅さんがやると面白いなと想定しながら、実際の脚本を書かせてもらいました。
草彅さんに日常の本当に些細なことにこだわる狡さや醜さを演じてもらえたら面白い
―小鉄と一鉄の役名の由来を教えてください。自分の名前に関して、長男である小鉄は思うところがありますよね。
市井:父親は「頑固一徹」というところから。文字は違うけれど、一鉄にしようと最初から決めていたんです。小鉄は親から一文字もらっているのですが、“小さい鉄”だから、そこをネチネチと恨んでいると面白いなあ、と思いまして。でも、愛情を持ってつけた名前なんですよね、一鉄にしてみれば。
草彅さんは無骨だったり、汚い役も演じてこられてますが、一方で、いわゆる“いい人”の役もできる。その中で、日常の本当に些細な、小さいことにこだわる狡さや醜さを演じてもらったら面白いな、と。
―草彅さんは、小鉄をどのような人物だと捉えて演じましたか?
草彅:本当に暑い中、みんなと一緒にリハーサルをやっていて、一人ひとりのキャラクターに、それぞれ湧き出てくるものを表現しないとつまらないものになると思いながら演じました。台本を読んだ時に、とても面白いと思いましたし。
市井:あ、どうもありがとうございます。
草彅:もちろんいろいろ考えて自分なりにはやってみたんですけど、僕は監督が言うことに素直に耳を傾けて、共演者の方々と心が通じ合えるように、と。撮影のときはすごく暑くて、空調も効かない中で、もうクラクラしちゃって。(意識が飛んで)セミの声が遠のいていくんですよ、暑すぎて。「あ、やばい!」みたいな感じになってしまって。
だから、ただ必死にセリフを言っているだけ、みたいな感じになってしまったんですけど。でもそのおかげで、作られた感情じゃなくて、生の、もう二度とその瞬間でしか起こり得ないような気持ちのキャッチボールができたんじゃないかな、と。そういうものを大事にして演じました。
撮影現場が暑くて頭が働かなかったけど、逆にそれが良かったのかな(笑)
―常識や世間のルールを飛び越えていくような、そんなところもあるお話ですね。
市井:思い込みに縛られたくないな、とは思っています。
草彅:常識というか、その家族の基本となるものは、100の家族がいたら、100通りあると思うんです。その家族内の決めごとや常識の中で、大事にしていることや、ぶつかり合うことで見えてくるリアリティがあるというか。
この『台風家族』の一家は、めちゃくちゃ面白く見えるけれど、本人たちはただ必死に生きているだけ。一生懸命生きていると、おもしろかったり、家族の常識がそこで作られていく、みたいな感覚はあるんじゃないかな、と思いますね。
―本作は順撮り(脚本の流れ通りに撮影する)されたそうですが、長回しも多いですね。
草彅:そうですね、ほぼ順撮りでしたね。役者に対してすごく丁寧に接してくださる監督だったので、非常に感情を作りやすくて。その点、監督にありがとうと言いたいです。でも、たまに時間が押してくると、カット割りが急に無くなって、その日のうちに収めるために、長回しにしてるんじゃないかって思ったんですよ(笑)。
そういう日は僕がチクチクと「今日は時間がなかったから、あそこを長回しにしたんですか?」って監督に聞くと、監督は「いや、そんなことはない。最初から考えてましたよ」って。でも、1日のノルマってあるし、撮影は長丁場なので、どこか妥協しなくちゃいけないところは出てくるんですが、その中で最善を尽くしている。どの現場もそうだと思うんですけど、このチームは市井監督が本当に引っ張ってくれたところがありますし、監督のオリジナル作品ということで、キャラクターの感情が細部に至るまで、キャスト、スタッフ全員に伝達できていたと思います。長回しは、感情をちゃんと持っていないと見透かされてしまう。
草彅:でも、話は戻りますが、めちゃくちゃ暑かったので、変なことを考える余裕がなくて(笑)。それがよかったのかな、って思いますね。クーラーが効いているスタジオだと、もうちょっと頭を働かせて「こういう演技しようかな」とか考えちゃうのかなあ、と(笑)。
暑い中、涙ぐみながらセリフの説明をしている監督を見て『なに泣いてんだよ』と思ってました(笑)
―栃木は暑いですよね。特に2018年は暑かったです。
草彅:そう、栃木県の観測史上一番暑い日だったみたい(笑)。監督がこだわって借りた民家で撮影したんですが、いろんな偶然が重なって撮れたシーンもありましたね。
長回しで、僕が中村倫也くんに追いかけ回されてるシーンなんて、僕はカメラに映っていないのに炎天下で走り回っていて、「俺、何やってるんだろうな~」みたいになったり(笑)。でも、観たらとても好きなシーンになっていましたね。最後の固定カメラでの長回しも、すごく良かったです。
草彅:監督は空調のない部屋の中で、(小鉄の娘)ユズキの「最低」っていうセリフの意味をいろいろ説明するんだけど、僕は監督が言っていることが、もうわけがわかんなくなっちゃって、「暑いから早く終りにして」って思ってましたよ(笑)。完成した映画を観たら、なるほど、と思ったんですけど。あのときのこと監督、憶えてますか?
市井:もちろん憶えてます(苦笑)。
草彅:監督、説明しながら涙ぐんじゃってて!
市井:あそこで話しながら、ラストシーンが見えてたんです。
草彅:僕は「なに泣いてんだよ」って思ってましたよ(笑)。
市井:あんなこと珍しいんですよ。その日の撮影が終わった後に「ちょっとお話したいので、なんとかお願いします」ってキャスト全員を集めて(笑)。
草彅:映画は監督のものなのでね。でも、話しながら監督は涙ぐんでるけど、それが汗なのか、涙なのかもわかんなくって。
―監督はその場で何をお話されたんですか?
市井:いやあ、まさに汗か、涙か、なんですよ(笑)。人ってウキウキした笑顔もあれば、泣いている笑顔もある。「最低」というセリフが2回出てくるんですが、その笑顔によって聞こえ方も違ってくるんですよね。そんな話をしました。簡単に言うと「ラストを変えたい」という話でしたね。
草彅:まだ、(2回出てくる「最低」というセリフ)どっちも撮る前でしたよね? だから何を言っているのか、わかんなくって。「早く帰りたい」とか思ってて、すみませんでした(笑)。でも、それだけ暑かった。
<草彅剛「主人公の小鉄は、僕が演じたクズ男史上で一番どうしようもない男」『台風家族』を監督と語る!>
取材・文:石津文子
『台風家族』は2019年9月6日(金)より3週間限定公開