ジャームッシュが平凡な男の暮らしを描く『パターソン』　“人生の豊かさ”って？ インスタで他人の生活を眺めながら考えた

インスタのストーリーには“自分もこうだったかもしれない”という可能性が並んでいる

僕は、朝が来ても夜が更けてもインスタグラムのストーリーを眺めてしまう。これがもう止められない。いかんいかん、と思ってもつい開いてしまうので、これはもう病気だ。

映画『パターソン』が日本公開された2017年から2019年の今まで、僕はいったいストーリーをいくつ眺めただろうか、と考える。おそらく30,000はゆうに超えるだろう。大雑把な話だけれど、30,000回、他人の生活風景を眺め続けたことになる。

『パターソン』©2016 Inkjet Inc. All Rights Reserved.

“覗く”でも“見ている”でもなく、「眺める」という言葉がふさわしい気がする。いつも人の生活を、なんとなく眺めている。地元の友達がアパートで誕生日パーティーをしている横に、カイリー・ジェンナーが豪邸のプールサイドで寝転んでいる風景が並んでいる。酔っ払って電車で横になってしまっているオジさんの隠し撮りが、綺麗なスタジオで撮影しているカメラマンの仕事風景に移り変わる。

『パターソン』©2016 Inkjet Inc. All Rights Reserved.

並列に繋がれた風景を眺めながら、気づくとそれらを比較している。他人の生活と他人の生活、もしくは他人の生活と自分の生活を比べるなんて、なんて卑しい奴なんだろうと自分を呪いつつも、人ってそんなもんだよな、と自ら慰めてみたり。

どうして比べてしまうのかといえば、他人のストーリーには“自分もこうだったかもしれない”という可能性が並んでいるからで、そこに羨ましさとか、安心感とか、色々な感情が入り込む。

可能性を狭めていくこともまた、豊かさや自由とつながっているのかもしれない

『パターソン』は、バス運転手として働くパターソンの1週間の生活を描いている。世界の平均寿命は72歳、72年間に1週間は3757回。つまり大雑把にまとめると、『パターソン』は3757週のうちの1週間のお話だ。

『パターソン』©2016 Inkjet Inc. All Rights Reserved.

パターソンは、きっと定年までバスの運転を続けるだろうという気がするし、これからも毎晩同じバーで中ジョッキのビールを1杯だけ引っ掛け続けるのだろう。詩作は進む。愉快なパートナーと、懐かない犬との共同生活とともに。

『パターソン』©2016 Inkjet Inc. All Rights Reserved.

パートナーのローラはパターソンに、彼の詩の可能性について語り続ける。大きな作家になれるかもしれない。世界であなたの詩が読まれるかもしれない、と。パターソンはそれを肯定も否定もせず、静かに耳を傾け続ける。

『パターソン』©2016 Inkjet Inc. All Rights Reserved.

大きな作家になったら、彼は世界中どこへでも行けるかもしれないし、もっと美味しいビールが飲めるかもしれない。バス運転手の仕事にも行かなくてよくなり、今の生活よりも自由になるだろう。そんなことを、彼を眺めながら考えている僕は、かなり悲しい人間だと思う。

『パターソン』©2016 Inkjet Inc. All Rights Reserved.

パターソンはすでに自由で、幸福だということは、彼の美しい詩が証明している。“可能性”と聞くと、多いに越したことがなさそうで、「可能性がある」という言葉にはポジティブな響きを感じてしまうのだけれど、実は“可能性を狭めていく”ことも、また豊かさや自由さに線で繋がっているのかもしれないな、という気が、映画を観終わったあと、した。

文：松㟢翔平

『パターソン』はCS映画専門チャンネル ムービープラスにて2019年9月放送