クエンティン・タランティーノの新作『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』は2019年5月のカンヌ映画祭最大の目玉だった。編集が間に合うのかどうかも分からないのにコンペ上映が決まっているほどの期待作で、ブラッド・ピットとレオナルド・ディカプリオが競演するという以外の情報は厳しく制限されていたし、プレス上映前にはタランティーノからの“ネタバレ注意のお願い”が読み上げられたのは既報の通りだ。
いよいよ日本公開されることになったので、今回はギリギリ内容に触れながら、映画の魅力を探ってみたい。
ニクソン大統領、泥沼のベトナム、高まる反戦ムード……1969年のアメリカで事件は起こる
主人公は、テレビの西部劇で一世を風靡したリック・ダルトン(レオナルド・ディカプリオ)と、彼のスタントマンのクリフ・ブース(ブラッド・ピット)。
テレビ番組が打ち切りになって以来、すっかり落ちぶれて酒浸りのリックを、クリフは運転手兼付き人として献身的に支えていた。
慣れない悪役を引き受けて腐っていたリックは、マネージャーのマーヴィン・シュワーツ(アル・パチーノ)からイタリア行きを勧められる。
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マカロニ・ウエスタン界第二の名監督セルジオ・コルブッチの映画に主演し、イタリア人の妻を連れて帰国すると、隣家に新進気鋭の映画監督ロマン・ポランスキーと彼の新妻シャロン・テート(マーゴット・ロビー)が引っ越してきていた。そして、運命の1969年8月9日を迎える……。
ちなみに1969年といえば、ニクソンが大統領に就任し、ベトナム戦争が泥沼化し、世界中で若者たちが反戦運動を続けていた頃で、ハリウッドの黄金時代は終焉に近づき、代わってアメリカン・ニューシネマが台頭、『イージー・ライダー』、『明日に向って撃て!』、『真夜中のカーボーイ』など新感覚の映画が公開された年である。1月にはポランスキーの名を世界的にした『ローズマリーの赤ちゃん』がアメリカ公開されてもいる。
カンヌ上映版からさらに編集! 贅沢な撮影環境が伺い知れる劇場公開版
“ネタバレ注意”といっても、日付を聞けば、「ああ、シャロン・テートのあの事件か」とすぐに分かってしまうはずだ。犯罪史に残る有名な事件で、内容を隠せというほうが無理というもの。この稿では触れないが、事件の顛末を知っていても映画の面白さに変わりはない。むしろ知っている方が面白く見られるかもしれない。
では、なぜタランティーノがわざわざネタバレ注意をしたのかといえば、それはネタバレ云々というより、カンヌ上映後に再編集することが頭にあったからではないかと推測する。それほど今回再見した劇場公開版は、カンヌで見た版と違っていた。特に違いが大きかったのは前半で、見事にタイトに仕上がっていて、さすがはタランティーノだと感心した。
そのうえ、場面によっては、カンヌ上映版とはまったく違うショットがいくつも出てきて、いったい同じ場面を何ヴァージョン撮ったんだろうと呆然とした。思いついたアイデアを全部撮っていたのだろうか。そんなに贅沢な撮影が許されるなんて、と。
ちょっと残念だったのは、ストーリーラインがきっちりしたあおりで、クリフの愛犬ブランディの登場場面が少し減ってしまったこと。2019年のカンヌ映画祭でパルム・ドッグに輝いた名演なので、もしもディレクターズ・カット版を作る機会があれば(といっても1つのヴァージョンに絞るのは無理だろうが)、ぜひ復活させていただきたい。
Quentin Tarantino was presented the Wamiz Palm Dog award today in Cannes for Brandy's performance in @OnceInHollywood! 🐶 (Fun fact: she was played by three Pit Bulls in the film: Sayuri, Cerberus, and Siren) pic.twitter.com/YjHijlycfo
— Sony Pictures (@SonyPictures) May 24, 2019
ただし、今回注目したのはブランディのドッグフードの方。よく見るとラベルに“狼の牙印ドッグフード、ネズミ・フレーバー、特に凶暴な犬用”とある。まさかこんなドッグフードが本当に存在するとは思えなかったが、念のためにネットで調べてみたら、ラベルをデザインしたグッズは見つかったが(この缶詰を面白がる犬派の映画ファンが多いということだ)、ドッグフード自体は存在しなかった。さすが細部まで凝りに凝るタランティーノ、ドッグフードのラベルまで遊んでしまう、遊び心満載の映画なのだなと改めて感心した。
レオ様の怪演! ブラピの肉体美! タランティーノの映画を撮る悦びが伝わってくる
映画の見どころは、何といってもレオナルド・ディカプリオとブラッド・ピットという2大スーパースターの初顔合わせにある。今回は年長者に花を持たせたのか、ブラピ演じるスタントマンの方がカッコいい見せ場が多い。特にジョージ・スパーン(ブルース・ダーン)が経営するスパーン映画牧場に乗り込む西部劇仕立ての場面は、この作品の白眉である。今年56歳とは思えないブラピの鍛えた肉体美にも惚れ惚れする(ちゃんと脱いで見せるサービスショットがある)。
対するレオ様は演技力で勝負。落ちぶれたテレビ・スターが初めての悪役に四苦八苦する場面や、自宅のプールで酔っ払っているところを襲撃されるクライマックスは、『ウルフ・オブ・ウォールストリート』(2013年)の怪演と並ぶ面白さだ。
タランティーノは誰よりも映画愛が深く、映画の知識を豊富に持っている。B級映画を偏愛していて、そこがマーティン・スコセッシなどの正統派映画ファンと違うところ。ときに才人、才に溺れて、最近は冗長なところも散見したが、今回の『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』は出色の出来。ハリウッドが舞台なだけに、いつも以上に腕によりを掛けて、彼にしか思いつかないような奇想天外な場面を次々に作って楽しませてくれる。撮っているのが楽しくてたまらないという、タランティーノの気分が画面から溢れてくるようだ。
文:齋藤敦子
『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』 CS映画専門チャンネル ムービープラスで2021年6月放送
『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』
レオナルド・ディカプリオ × ブラッド・ピット初共演!
1969年8月9日、事件は起こった。この二人にも……ラスト13分、映画史が変わる。
制作年: | 2019 |
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監督: | |
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