日本文化に魅せられたドイツ人女性監督が贈る、人生の喪失と再生を描いたヒューマンストーリー
『メン』(1985年)で観客動員500万人を記録し、“ドイツで最も成功した女性監督”と称されるドーリス・デリエの最新作『命みじかし、恋せよ乙女』。デリエ監督は親日家としても知られ、これまで30回以上来日し『HANAMI』(2008年)や『フクシマ・モナムール』(2016年)など、日本を題材にした映画を数多く手がけてきた。
本作は『HANAMI』で亡き妻が憧れた日本を訪れ、妻の姿を追い求めて富士山に向かう主人公・ルディの息子、カールを主役に、同作の後日譚的なストーリーを描いていく(とはいえ『HANAMI』を鑑賞していなくとも楽しめる内容となっているのでご安心を)。
10年前に日本で銀行員として働いていたカールは両親の死をきっかけに兄姉と疎遠になり、職を失いアルコール依存症に陥り、妻子にも見放されてしまう。そんな折、亡くなった父が東京で親しくしていた日本人女性ユウが現れ、墓参りをするため2人で空き家となった実家を訪れる。そこでカールは黒い影の悪霊や両親の亡霊と遭遇するのだが、彼らと対峙する中で、それまで心の奥底に封じ込めてきた“本当の自分”と向き合うことになる。
日本人の心にも刺さる! 寓話性あふれるドイツ版“怪談物語”
本作は、いわゆる「13金」のジェイソンやゾンビのようなインパクトのあるモンスターが登場する“ホラー映画”ではなく、叙事詩的で悲哀に満ちた日本の“怪談話”のような作品だ。
怪談話といえば、人間の心の弱さや不条理を描くことで人生の教えを説く教訓話としての側面もあるが、そこに登場する妖怪や幽霊・化け物は、人間の心の闇に巣喰う恐ろしい存在である。カールの両親の亡霊や黒い悪霊もまさにそれで、カールは幽霊に向き合えば向き合うほど自分の心の弱さを知り、みるみる取り憑かれてしまう。
人生の全てを失ったことで自己肯定感が下がりまくり、かつ亡霊に取り憑かれているカールにとって、「今のままのあなたで良いのよ」と受け入れてくれるユウは聖母のような存在だ。しかし、そんな彼女の甘い言葉からは、獲物が罠にかかるのを今か今かと待ち構える妖怪めいたものを感じずにはいられない。
着物、セーラー服、学生ジャージ、ジャケットという、日本文化を詰め込んだコテコテのレイヤードファッションでカールを翻弄するユウ。本作において一番謎の多いキャラクターだが、物語の終盤で舞台がドイツから日本に変わると、ユウの隠された秘密が明らかになっていく。
樹木希林が放つ圧巻の存在感! 大女優の最期の勇姿に涙
本作の日本パートに登場する、旅館「茅ヶ崎館」の老女将/ユウの祖母を演じたのが、2018年9月15日に亡くなった女優・樹木希林だ。樹木にとって世界デビュー作であり、最後の出演作となった本作の撮影は、彼女が亡くなる2ヶ月前に行われたという。
突然消えたユウを探し出すため日本を訪れ、人生の新たな一歩を踏み出そうと奮起するカールを、樹木は温かく包み込む。「あなた、生きてるんだから、幸せになんなきゃダメね」と静かに声をかける姿は、大女優の名に相応しい圧巻の存在感だ。幽霊に身も心も侵食されていたドイツ編から打って変わり、人生の希望の光が優しく差し込む日本編へと、樹木が案内人のように導いていく。
本作の美しさ・儚さ・切なさを秘めたストーリー展開は、観る者を感動に包み込むことだろう。そして恐ろしくも切ない怪談話的要素は、多くの日本人の心に共鳴するはずだ。
『命みじかし、恋せよ乙女』は2019年8月16日(金)よりTOHOシネマズ/シャンテ他全国公開中