サイバーパンクの始祖であり至極のSFノワール『ブレードランナー』
リドリー・スコット監督の『ブレードランナー』(1982年)の見どころといえば、なんといっても“完全に荒廃はしていないが今よりもテクノロジーは進んでいる”という、シド・ミードが作り上げた誰も観たことがなかった革新的未来描写!
つっても、今となってはありとあらゆる映画、漫画、アニメに影響を見ることができるから、リアルタイム世代じゃないと初登場時の衝撃というのはいまいちわかりづらいものがある。ビートルズもセックス・ピストルズもカップ麺もコカ・コーラも同じ。スタンダードってのはそういうもんで。
1986年生まれの僕も、中学生のころにはじめて観た『ブレードランナー』は「カッコいいなぁ」とは思いつつも、正直なところそこまで衝撃的ではなかった。本や雑誌で「これぞキング・オブ・カルト映画!」なんて大仰な紹介のされ方をしていたから観たのに、一体なにがキングでなにがカルトなのかわからない。「『ブレイド』(1998年)のほうが100倍おもしれぇや」なんつって。
でも、わからないからわかろうとして何度か観返し、原作のフィリップ・K・ディック「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」も読み込み、アレ? 気づいたらのめり込んでいる。観れば観るほど作りこまれたディテールに惚れ込み、ビジュアル・ショックが薄かったぶんレプリカント(人造人間)たちの哀しい物語と、「人間とは?」という大テーマに対する奥深く慎重な眼差しに打ちひしがれ……。
というわけで、「将来の夢? ウェズリー・スナイプスだよ」な14歳をちょっぴり大人にしてくれた『ブレードランナー』だったが、2017年には実に35年ぶりの続編『ブレードランナー 2049』が公開された。
レプリカントか人間か? 孤独なブレードランナーが自己をめぐり葛藤する
舞台はタイトル通り、2049年。前作ではレプリカントを作った会社として登場していたタイレル社が倒産し、のちに台頭したウォレス社がタイレル社よりも高性能なレプリカント〈ネクサス9型〉を製造している。ロサンゼルスの街は相変わらず巨大ホログラムが投影され、ハングル、ロシア語、日本語の看板が並び、空中を飛行する車〈スピナー〉が飛び交っている。
でも異常気象のせいで夏でも雪がちらついてるし、防塵マスクをつけている人々の姿も。どうやら世界はゆっくりと終焉に向かっているようだ。監督のドゥニ・ヴィルヌーヴは科学者、医者、建築家などの各種専門家から意見を聞き、リアリティを追求した『ブレードランナー』の未来を見事に作りあげた。
主人公は、旧型のレプリカントを抹殺する任務を請け負うレプリカント捜査官〈ブレードランナー〉のK(ライアン・ゴズリング)。彼はひたすら孤独だ。警察署では同僚たちに「人間もどき」と蔑まれ、下を向いて歩いている。友人はおらず、日々の癒しはAI搭載の美女ホログラム〈ジョイ〉との交流のみ。
そんなKが、任務中に謎の遺骨を発見する。この遺骨は製造番号が入っているレプリカントのものなのに、帝王切開で出産をした形跡が残っていた。この、あってはならない事実を隠蔽する任務を新たに与えられたK。彼が再び遺骨発見現場に行くと、そこにはKのアイデンティティをも覆す物があった。“製造された”レプリカントであるはずの自分が、もしかしたら人間として“生まれた”のかもしれない……。
人間とは何か? 姿形や場所に拘らず「親切という特質」は永久に変わらない
監督のドゥニ・ヴィルヌーヴは、本作を「人形が人間になろうとする『ピノキオ』の物語だ」と語っている。では、いったい人間とはなんだろう。その問いについては、『ブレードランナー』の原作者フィリップ・K・ディックが短編「人間らしさ」について、「わたしにとってこの作品は、人間とは何かという疑問に対する初期の結論を述べたものである。……あなたがどんな姿をしていようと、あなたがどこの星で生まれようと、そんなことは関係ない。問題はあなたがどれほど親切であるかだ。この親切という特質が、我々にとっては岩や木切れや金属から区別しているものであり、それは我々がどんな姿になろうとも、どこへ行こうとも、どんなものになろうとも、永久に変わらない」と書き残している。
「人間でありたい」と願ったとき、レプリカントは自らを犠牲に命を救う
ディックの言葉通り、本作でKは前作の主人公リック・デッカード(ハリソン・フォード)に、とある「親切」をする。親切とは、他人のために尽くすこと。“自己犠牲”だ。そういえば、中盤には燃え盛る炎でアンドレイ・タルコフスキー監督の『サクリファイス』(1986年)をわかりやすくオマージュしていた(※サクリファイス=犠牲)。
K自身のアイデンティティを探る旅が、すべては他人のためだった。極端な話、Kはデッカードの物語を進めるコマでしかなかった。でも、それはとても人間らしい行動だった。そんな本作の全貌がわかったとき、あまりの切なさにビービー涙を流してしまった。
この切なさ、きっと『ブレイド』しか頭になかった中学生じゃ絶対に理解できなかっただろうな……。と思いながらも、『ブレイド』の良さもわかりつつ『ブレードランナー 2049』にもグッときちゃう大人になれたことに、僕はちょっとだけ安心したのだった。
文:市川力夫
『ブレードランナー 2049』はムービープラスにて2019年8月より放送
『ブレードランナー 2049』はCS映画専門チャンネル ムービープラスにて2019年8月放送
日本初IMAX版『ブレードランナー ファイナル・カット』は2019年9月6日(金)よりグランドシネマサンシャインほかにて2週間限定公開
『ブレードランナー 2049』
2049年、LA市警のブレードランナー“K”はある事件の捜査中に、人間と人造人間<レプリカント>の社会を、そして自らのアイデンティティを崩壊させかねないある事実を知る。Kがたどり着いた、その謎を暴く鍵となる男とは、かつて優秀なブレードランナーとして活躍し、30年間行方不明になっていたデッカードだった。彼が命を懸けて守り続けてきた秘密 ― 世界の秩序を崩壊させ、人類存亡にかかわる<真実>がいま明かされようとしている。
制作年: | 2017 |
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監督: | |
音楽: | |
出演: |
CS映画専門チャンネル ムービープラスにて2019年8月放送