北アイルランドから数々のパンクバンドを世に送り出した実在のローカル・ヒーロー
アンダートーンズの「ティーンエイジ・キックス」は、“ポップで甘酸っぱいほうのパンク”の名曲として、ある世代/ある文化圏の人々にこよなく愛されているパンク・クラシックである。この7インチレコードを最初に世に送り出したのが本編の主人公、北アイルランドはベルファストのレコード店にしてレーベル<グッド・ヴァイブレーションズ>の創設者、テリー・フーリーだ。
これは、そんな知る人ぞ知るローカル・ヒーローの実話に基づいたフィクションである。主人公はおじさんだが、青春の冒険の物語だ。北アイルランド出身のリチャード・ドーマーが、商売はあまり上手くない情熱の人、フーリーを愛嬌たっぷりの顔芸で演じている。
紛争やテロ、暴動……激動の北アイルランドでパンクに出会ったアラサー男
1970年代のベルファストは北アイルランド紛争の最前線として、政治・宗教・民族が複雑に絡み合う緊張が張り詰めていた。爆破テロや戦闘、暴動が相次いで勃発し、住民同士の衝突も後を絶えず、街はかつての賑わいを失ってしまった。一向に改善しない状況にしびれをきらしてベルファストを後にする友達を見送り、客のまばらなナイトクラブでDJを続けていたフーリーは、この街でレコード店をはじめようと思い立つ。
1948年生まれのフーリーは、資料によれば1965年に地元のジャズ・クラブでDJをはじめたのだそうだ。ヒッピー世代であり、1977年にグッド・ヴァイブレーションズをオープンした時点で三十路目前。当時の感覚としては、もう“若者文化の主役”ではない。だが、彼は70年代後半の新しい文化の波、すなわちパンクを見逃さなかった。
ちょうどこの頃、ベルファストの若者たちもセックス・ピストルズやバズコックスのDIY精神に触発され、ルーディやアウトキャスツといったバンドを結成していたのだ。フーリーは、そんなパンクスたちのライブを観て大いに感動し、新しい世界へと踏み出す。
若者たちのパンクの衝動に感化されたおじさんたちがDIYで世界に届ける
レコード店経営のかたわらインディペンデント・レーベルを立ち上げ、ライブやツアーを企画し、バンドをロンドンの大きなレコード会社に売り込もうと奮闘するフーリー。若者がおじさんを行動に駆り立て、おじさんが当時の若者だけでは困難が多かったであろう交渉や手続きを引き受ける。
ちなみに、彼らの心強いサポーターとなるDJジョン・ピールは1939年生まれで、パンク時代にはもうアラフォーだった。大人と子どもが一緒になって心震わせ、新しい文化とコミュニティが育っていくあたり、生活と共にあるポップカルチャーの厚みのようなものが羨ましくなるのと同時に、自分も見習わなくてはと身が引き締まる思いがする。
レコードを自主制作してみんなでスリーヴを折る作業をするとか、ライブで様子をうかがっていた観客が少しずつ踊りだすとか、手探りのコミュニケーションの喜びに満ちた心あたたまる場面の数々は、小さなシーンのお話ならではだ。パンクの真髄はステージ上でスポットライトを浴びるスターとは別のところにあるのだ、とか言いたくなったりして。
厳しい社会情勢のもとで人と人をつなぐパンクの反骨精神、そして何よりも楽しさを大切にしようと胸に誓う。そうさせる力のある良作だった。
文:野中モモ
『グッド・ヴァイブレーションズ』は2019年8月3日(土)より新宿シネマカリテほかロードショー
『グッド・ヴァイブレーションズ』
その音楽は、1978年の北アイルランド<ベルファスト>で若者達と1人のレコード店主に生きる理由を与えた。
THE UNDERTONES、RUDI、THE OUTCASTS、PROTEXなどのロック・バンドを世に送り出した北アイルランドのレコード店であり、レコード・レーベル<グッド・ヴァイブレーションズ>の創設者、“ベルファスト・パンクのゴッドファーザー”と呼ばれるテリー・フーリーの実話に基づく物語。
制作年: | 2012 |
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監督: | |
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