ある男性の苦難の実話をR・ゼメキス監督がフィクションとして映画化!
日記や絵など、何らかのアウトプットをすることが傷ついた心の癒やしにつながることは知られていて、それらは古くから自然と行われてきた。ロバート・ゼメキス監督の最新作『マーウェン』は、激しい暴行を受けた後遺症として事件前までの記憶の大部分を失い、発作的な不安を始めとする精神的な障害を抱えている男性が主人公だ。事件後、彼は自宅に小さな架空の町“マーウェン”のセットを作ると、その町を舞台に人形の写真を撮影しはじめる。
ミュージシャンの作曲のプロセスでも、個人に起きた出来事が大きく作品に影響を及ぼすことはインタビューなどでよく語られている。自分の場合、しばらくの間ウンウン唸っても曲ができなかったのに、ちょっとした出来事の後、すんなり何曲もできることがある。創作とはなんなのかと考えてしまう。
『マーウェン』でスティーヴ・カレルが演じる主人公マーク・ホーガンキャンプ(愛称・ホーギー)は実在の人物であり、彼は『マーウェンコル』(2010年)というドキュメンタリー映画の主人公である。そのドキュメンタリーを観て、今回の映画化を申し出たのがゼメキス監督だった。
主人公だけに見えている世界を巧みな映像表現で視覚化したゼメキス監督
『バック・トゥ・ザ・フューチャー』(1985年)や『フォレスト・ガンプ/一期一会』(1994年)などの代表作で大成功を収めてきたゼメキス監督は、VFXを用いた視覚効果を実写映像の中に自然に溶け込ませることに長けている。過去の作品について調べているうちに、これもCGだったのかと知る部分がいくつもあったので、この『マーウェン』もそういった視点で観てみるのも面白いと思う。
本作は、ほぼ事実と設定は変わっていないが、監督が表現しようと大きく試みたのが、ホーギーの頭の中で繰り広げられている人形たちの空想物語や、発作を起こした時の彼だけに見えているであろう視覚世界である。それらはドキュメンタリー作品で映し出すことは不可能であり、言わば監督の恣意性の強いフィクション部分である。
だが先述したように、現実とVFXのつなぎ目が分からない映像を作り出す監督の手腕によって、「きっとホーギーにはこう見えているのだろうな」という想像の世界を、リアリティのある映像として見ることができた。障害を負った他者としてホーギーを見せるのではなく、より身近な存在として感じさせることに成功していると言えるだろう。
いったい“芸術”とは何なのか? いち観客ではいられなくなる強烈な事例
キャストは、もはやどんな役でもこなせるのでは? というほどの活躍を近年見せているスティーヴ・カレルや、アカデミー作品賞受賞作『ムーンライト』(2016年)などへの出演や、単独来日公演やフジロック出演などミュージシャンとして日本でも高い人気を誇るジャネール・モネイなど。登場人物はそれほど多くないが、それぞれの強烈なキャラクターが印象に残る。
ホーギーの写真は今でこそ芸術作品として世に受け入れられているが、その作品が生まれることになった背景や根源のようなものを、監督の解釈を通して垣間見ることができた。それはまた、芸術やアートについて、ただ面白がるだけでは済ませられない、一つの事例を提示しているようにも感じられた。
事実を踏まえて丁寧に描かれた、まるで半径数百メートルだけで起こっているような物語の中に、さらに今までの映画監督としての人生や想いを投影して、芸術とは何なのか? と問いかけるような、入魂の作品だった。
文:川辺素(ミツメ)
『マーウェン』は2019年7月19日(金)より全国ロードショー
『マーウェン』
集団暴行によって瀕死の重傷を負ったマーク・ホーガンキャンプ。奇跡的に一命をとりとめたが脳に障害を抱えPDSDに苦しむ彼は、セラピー代わりにフィギュアの撮影を始める。やがて地域の人々の理解と協力でマークの写真は評価され、個展が開かれることに。戦う勇気を与えられたマークは、避けていた暴行事件の裁判で証言しようと決意するが……。
制作年: | 2018 |
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監督: | |
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