「え? R・Rが引退?」「そうよ、知らなかったの?」「エ……?」「映画ライター失格ね。今、その引退映画、やってるよ。『さらば愛しきアウトロー』」
とうとう来てしまったか! この時が……。R・R(ROBERT REDFORD)が昨年8月に引退表明。但し俳優業のみと知って少しだけ安堵し、胸を撫でおろしたことをすっかり忘れていた。R・Rの引退表明を記憶していなかった自分に大ショック。オレもとうとう認知症……?
そういえば、先週金曜日の新聞に『さらば愛しきアウトロー』の広告が載っていた。Oh! これはすぐ観に行かなくてはと思ったのだが、今、よくよくその広告を見直せば、確かに俳優引退作と明記されていた。R・Rと同年輩の自分は、すっかりそのことを失念してしまっていたのだった。
R・R=ロバート・レッドフォード82歳の来歴
今、ごくごく大雑把にR・Rの来歴を振り返ると、スクリーンデビューは1962年『戦場の追跡』という日本未公開作品。以来、この『さらば愛しきアウトロー』(2018年)までの作品歴(監督・プロデュース作品を含む)は67本となっている(劇場販売パンフ参照)。ここで彼の全作品タイトルを挙げるわけにはいかないので、せめてわたしの「R・R ベスト10」を出演年代順に沿って列記させて頂く。
『雨のニューオリンズ』(1965年)
『明日に向って撃て!』(1969年)
『スティング』(1973年)
『大統領の陰謀』(1976年)
『ナチュラル』(1984年)
『リバー・ランズ・スルー・イット』(1992年)
『クイズ・ショウ』(1994年)
『スパイ・ゲーム』(2001年)
『モーターサイクル・ダイアリーズ』(2003年)
『さらば愛しきアウトロー』(2018年)
R・R俳優引退作は伝説の銀行強盗、フォレスト・タッカー物語
何と意外! R・Rはどこからこんな題材を引っ張り出してきたのだろうか。もとは「ニューヨーカー」誌の記事をR・Rが目にしたのがきっかけ。れっきとしたトゥルー・ストーリーで、実在のBANK ROBBERをピックアップし、実話の完全映画化(原作はデヴィッド・グラン)。生涯に90回以上の銀行強盗を繰り返し、16回もの脱獄をやってのけた途方もない人物とは一体全体どんなヤツなのか?
よくある組織的な犯罪集団ではなく、フォレスト・タッカーという、どこかで聞いたようなカッコイイ名の犯罪者を描いてみようと思ったR・Rは、まぁ何て良いセンスの持主だろうか。普通、引退作なんていうと、ちょっとアート系のシリアス劇をプランニングするかもしれないが、R・Rはそんな野暮じゃない。自分の最終アクター作品に、奇想天外な実在の銀行破りを選び取った。舞台は1980年代初頭のアメリカ。何やら待望久しきB級映画の上映開始を待つような、ワクワク気分が、わたしを包み込んでいた。
銀行強盗と脱獄を生涯くりかえした実在の男
巨星ロバート・レッドフォードの最新作にして、俳優引退作として話題となっている本作は、拳銃は所持しているが、生涯、ただの一回も発砲したことのない、余裕綽々の大物犯罪者の物語。アウトローでありながら、品性ある老人像を、自身心底楽しみながら演じ、造形しているように思われる。彼に従う仲間も初老のごくごくフツーの白人トム・ウェイツと黒人ダニー・グローヴァー。プロの犯罪者風情じゃない。
イヤァもうこのキャスティングだけで「観たい、観たーい!」となってしまっていた。あ、おまけに、いやオマケどころか、タッカーが人生の黄昏時に知り合って、やがて恋人同士のようになる寡婦のジュエル役に、何と70歳になる老シシー・スペイセクが出演しているではないか!「今日はツイてる。コマーシャルなんかどうでもいいから早く早く」と、不埒なことを呟きながら映画館の暗がりでケータイの電源を切った。
老人の品位を保った静かなる犯行と恋の出会い
開巻、1880年代初頭の物語は、ゆるやかにさりげなく老紳士タッカーの銀行内での、静かなる仕事ぶりから始まる。穏やかに支店長に話しかけ、札束をバッグに入れさせて、サヨナラと銀行をあとにする。何ひとつ異常な出来事を起こした形跡を見せず、ゆるりとセダンに乗って何処へともなく逃走する。銀行の通報でパトカーが大挙してサイレンを鳴らしながらタッカーを追いかけるが、その道すがら当の老人は、車の故障で立ち往生していた老女ジュエルの難儀を助ける振りをして、まんまとパトカー群をやり過ごし煙に巻いてしまう。
このオープニングにはすっかり感嘆。思わず心の内で「ホッホー」と叫んでニンマリしてしまった。そして、ここから始まるタッカーとジュエルの物静かな恋がイイ、その奥床しさ!
老ギャング vs 中年刑事ハントのニアミス
それから何日も経ってはいないことだろう。タッカーは二人の仲間とともに別の銀行で例に寄ってひと仕事。行内には非番の刑事ジョン・ハント(ケイシー・アフレック)も居たのだが、そのサイレンスな異変に彼が気づかないほどの目立たない犯行だ。
さてここからは、老タッカーと中年刑事ハントの話に移すが、この二人の180度も立場の異なる人間関係が醸し出す映画的醍醐味は素晴らしい。日々シンドイ捜査活動のせいなのか、中年期にして早や過度の疲労感、あるいは倦怠感を抱きながらも、連続BANK ROBBERを追うハントは優秀な刑事としての矜持をも秘めた男。だが、その風情は疲れて声はか細く張りがない。薄々見当をつけているタッカーの犯行を、なかば泳がせるかのようにして見つめるニュアンスが、男と男の人間劇に実に興味深い奥行きを添えている。ここが実にイイ。ケイシー・アフレックは、まだかなり若いのにあたかもいぶし銀のような底光りを放って、その存在感が実に魅力的だ。
一方のタッカーは、老後を楽(ラク)して過ごすことより、仕事を極めながらより楽しく生きる方途を前向きに目指していくかのように、銀行強盗を続けて行くのだが、老成を嫌った老人の、こんな生き方がハントの興味とリスペクトを引き出しているのか。二人が出会うバーのトイレでの会話の何と味わい深いことか。同一場面に可視的に二人の人生が交錯する唯一のシーンだ。互いに相手を探りながら、やがてその相手に敬意を抱いていくプロセスがユニーク。ついでながらハントの家庭描写もさりげなく描写。親子4人がひたぶるに愛おしく感じられる。タッカーとジュエルの、互いに胸に秘めた想いが、静かな短い台詞で描かれたシーンと同等に忘れ難い好印象を我々観客に与えてくれるのだ。
たまたまわたしと近い席を占めていた3人連れの中年女性たちは、これらの場面推移に感応しながら、控え目な感嘆の声を上げて映画を追っていたが、本当に久々に良い観客と隣り合わせになったものだと思った。本作の巧まざるユーモアもこと欠かぬ展開にも慎ましい笑い声を発して受けとめる、理想的な映画環境がそこにはあった。近年、このように品性ある観客に出会ったのは至極稀れなことだった。彼女たちは結構以前からのR・Rファンだったのではないか。
後輩の育成に取り組むR・レッドフォード
思えば1962年に映画『戦場の追跡』(日本未公開)でスクリーンデビューを果たしてから、60年に喃々とする年月を大スター俳優として、あるいは名監督として、またさらには辣腕のプロデューサーとして活動し続けながら、同時に1981年、サンダンス・インスティテュートを設立し、後進の育成と支援に取り組んでインディペンデント映画の上映会を主催。その功績を全世界の映画人から讃えられ、多大なリスペクトを一身に集めていることは遍く知られていることだ。
本作の若手デヴィッド・ロウリー監督も、他でもないこのR・Rのオファーがあってこその起用となった。ここには実にサンダンスならではの理想的な先達と後進の才能的継承が為されて、一つの理想的共同作業が実現されて申し分ない。この辺もR・レッドフォードの貢献はいくら称賛しても足りないほどだ。
「心は30歳!」と意気軒高のR・R 老境の魅力横溢
何と言っても、俳優ロバート・レッドフォードの引退は惜しみて余りあることには違いないが、この「黄昏ギャング」と呼ばれた、センシブルな心地良い稀代のBANK ROBBER=ロバート・レッドフォードの悠揚迫らざる、飄々たる存在に惜しみない拍手を心から贈りたいものだ。最後に、R・Rのこんな金言を記しておこう。
「心は30歳のつもりだが、身体は80歳の現実を受け入れなきゃならない。まあ21歳の頃から演じているから、(俳優の方は)もう充分だね」
今、ブルースーツの銀行強盗ロバート・レッドフォード老境の魅力が広く映画ファン間に広がっている。
文:関根忠郎
『さらば愛しきアウトロー』は映画専門チャンネル ムービープラスで2021年7~8月放送
『さらば愛しきアウトロー』
レッドフォード俳優引退作! 16回の脱獄と銀行強盗を繰り返し、誰一人傷つけなかった74歳の紳士フォレスト・タッカーの、ほぼ真実の物語。愛と犯罪と逃亡の一大エンターテインメント!
制作年: | 2018 |
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監督: | |
出演: |
映画専門チャンネル ムービープラスで2021年7~8月放送