「自分を産んだ罪」で両親を訴えた12歳の少年
両親を「自分を産んだ罪」で訴える少年の物語である。なんてつらそうな話なんだ、と身構えてしまうが、主人公は最終的に訴訟という手段に打って出るだけの知恵と行動力のある男の子だ。目を覆いたくなるような劣悪な環境に生きている設定でも、小さな体が動き回る姿は生命の明るさのようなものを伴って見る者をひきつける。『存在のない子供たち』は、今そこにある貧困と難民問題の過酷な現実に着想を得ながら、フィクションの力を巧みに利用している映画だと言えるだろう。
主人公のゼインは、医師の見立てによればほぼ12歳。中東の街の貧民窟に家族と暮らしているが、出生届が出されていないため正確な生年月日はわからないのだ。学校には通わず、路上でものを売るなどして家計を助けており、弟や妹たちの面倒もみている。食うや食わずの貧しさの中で、両親は子どもたちの健康と安全を確保することができない。
ゼインのすぐ下の妹が11歳で初潮を迎えた時、貧しい生活にさらなる苦難が訪れる。ここでは一般的な慣習として児童婚がおこなわれており、両親はすぐさま彼女を大人の男性と結婚させようとするのだ。ゼインはこれを阻止しようとするが、大人たちの前に力及ばず、ひとり家を飛び出すはめになる。そうしてさまざまな人と出会い、生き延びるために苦労を重ねた末、彼は両親を訴えるに至る。
実際に難民になった人々が出演 ― 現実と重なり合う迫真の映画製作
ナディーン・ラバキー監督は1974年にベイルートで生まれ、内戦の真っ只中で育った女性だ。2007年、監督・脚本・主演を務めた『キャラメル』がカンヌ映画祭で評価され、日本でも公開されている。『存在のない子供たち』を制作するにあたっては、3年間にわたってレバノンの貧困地域や拘置所や少年刑務所を訪れ、リサーチを行ったそうだ。プロデュースと音楽を担当しているハーレド・ムザンナルは夫であり、ふたりのあいだには撮影開始の直前に第二子が産まれている。
また出演者は、弁護士を演じたラバキー監督を除き、ほとんどが映画初出演で、役に似た境遇にある難民・移民なのだという。行き場のないゼインに手を差し伸べる若い母親ラヒル役のヨルダノス・シフェラウは撮影中に不法移民として逮捕されてしまい、監督が自ら保証人となって釈放されたそうだ。また主演のゼイン・アル=ラフィーアは、撮影終了後に国連難民機関の助けを借りて家族と共にノルウェーに移住しているとのこと。
このように映画は現実と重なり合いながら、人を管理しようとするくせに平気で見殺しにする国家と資本主義に翻弄される人々の姿を映し出す。さらに監督は、妊娠する体を持っている女性がこの世を渡っていくことの困難を見据える。児童婚の被害者となる主人公の妹、極貧にもかかわらず子どもを次々と産んできた母親、乳児を抱えた不法移民の女性ラヒル。まだ幼い少年の目を通して大人の男の性欲の暴力性が描き出されていくのだ。
少年の“怒り”の矛先に触れ、いま世界で起こっていることを知る
両親を訴えたゼイン少年は、生きることそれ自体を疑っているわけではない。彼の怒りは、面倒を見ることができないのに子どもを産む親、また、そうした親子を生み出す社会へと向けられている。
身柄を拘束され、監房にて揃って神に祈りを捧げる人々に混じらずにぽつんと佇む少年の小さな体は、いかにも弱々しいのと同時に強さを秘めている。いや、正しく言えば「秘めていてほしい」と願わずにはいられない。そしてもちろん、願っているだけでは駄目なのだ。まずはこの世界の惨状を知って、改善するために行動せよと、この映画は呼びかけている。
文:野中モモ
『存在のない子供たち』は映画専門チャンネル ムービープラスで2021年7月放送
『存在のない子供たち』
親を告訴する。僕を生んだ罪で。
小さな少年ゼインに宿る、弱きものを守りたいという逞しく強い愛情を描いた、感動のドラマ。
制作年: | 2018 |
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監督: | |
出演: |
映画専門チャンネル ムービープラスで2021年7月放送