「ジェイソンは身体の動きや形というものを熟知している」
―ステイサムは日本でも非常に人気のある俳優なので、ファンは映画の中で彼が何をするのかある程度予想できてしまいがちです。しかし、本作はファンの予想を超えた衝撃を与えてくれます。その「衝撃を与える」ことについては強く意識されましたか?
もともと脚本によるところも大きいんだけれど、本作は“出だしがソフト”だよね。そして感情の物語であって、そこが出発点になっている。だから演出するうえでも、どういうトーンで描くのか、どういう感情を描くのか、という点をかなり意識したよ。今回はクレイ(ステイサム)の恩人であるエロイーズが亡くなるわけだけれど、それは彼にとって相当な喪失感があった。まず、そこを伝えなければならない。そして彼の喪失感があってこそ、最後の展開に満足できる、スカッとさせられることになるんだと思う。
そもそもヒーローの物語は暴力と復讐だけではなく、それプラス心の何かが動かなければならない。その心の何か、あるいは感情に根ざした部分が、うまい具合にストーリーと相互作用し合うことで、観客にとってはすごく満足のいくものになるのかなと思っているよ。
―本作に登場する「養蜂家」という組織およびコードネームはフィクションかと思いますが、現実社会における何らかのメタファーとしての「養蜂」なのでしょうか?
端的に言うと、システムを外側から守ろうとする隠れた存在である、ということ。現実世界で例えると、それは特殊部隊であったり、ビン・ラディン暗殺に挑んだネイビーシールズのチーム6であったり、とてつもない危険を冒しながら誰も知らないところで暗躍している組織とか……。僕たちが普通に日常生活を送っている中で、誰が何処でどんな決断を下していて、どういった作戦を繰り広げて世の中を守っているのか、我々は知る由もない。そういう存在がいるんじゃないか? と。ただ、今の世の中では政治的な何かが働いているとか、政府機関が関わっているとか、それこそ目に見えないものが作用しているのだろうとも思う。そこは『ビーキーパー』の世界においては、もうちょっとロマンチックに描かれているかな。
―クレイは身近にあるものを何でも武器にします。アクション指導において、ステイサム自身からもアイデアが出ましたか? ステイサムから現場で学んだこともあるのでしょうか。
ジェイソンはアクションの振り付けを作り上げていくことにも積極的に加担してくれるんだけど、最初はスタントコーディネーターたちと試行錯誤しながら、これを使ってみようか、あれも使おう、なんてアイデアを出しながらオープンにわちゃわちゃとやり合うんだ。その中から自ずと形が見えてくる。
そうして振り付けを作り上げていったんだけど、「銃を携帯しない」という設定は意図的なものだった。おっしゃるように、どう身の回りの物を使っていくのか? というサプライズ要素を意図的に入れている。まあ、銃撃戦なんて我々は見飽きているので(笑)、いかに驚かせるか? ということが一つのキモになったよ。
ジェイソンは身体の動きや形というものを熟知しているので、そういう意味でアクションはダンスであり、バレエのようなものでもあると思う。ジェイソンは身体のパフォーマンスがどのようにカメラに映るのか、ということをすごく理解しているんだ。たとえばフレーミング内で映える身体の動き、ある被写界深度で撮られた人体がどう映えるのかとか、すごく分かっている。そういうアクションって、たとえばグラフィックノベルならばどういう絵になるだろう? って考えるくらいグラフィカルなもので、そういうことに関してすごく学ぶことは多かった。
グラフィックノベルといえば、日本のマンガも大いに参考になるものだったよ。マンガを読んでいると、すごくスマートかつグラフィカルに人体の動きを捉えていて、そういうものも参考になったね。
「権力を持つ者が、身を守る術のない人たちに付け込むとどうなるのか?」
―クレイの復讐の理由となる出来事は、私たちの誰もが身近に起こることを恐れている詐欺犯罪です。日本でも大きな問題になっている犯罪なのですが、監督の周囲でもそういった被害を耳にすることがあるのかなと思うくらい、強めの怒りを感じたのですが……。
おっしゃるように、いまの世の中では誰しも被害者を一人くらいは知っているだろうし、実際に被害に遭った人もいるかもしれない。ハッキングだとか、オンラインで買ったものが届かないとか、それこそ口座情報を掴まれて大金を盗み取られたとか、色々あると思う。僕も仕事でかなりコンピューターを使ってきたから、どうやって身を守るべきか熟知しているつもりなんだけど、それでも危うく騙されそうになることはある。僕ですらそうなんだから、あまりPCを使い慣れていない、テクノロジーに疎い高齢世代となれば、その危険度はいくばくかと思うよ。どんな危険にさらされているのだろう、と。
ということで、怒りが湧いてくる。被害者の多くは人を信用する世代で、そこに付け込んでお金を盗むというのは悪党中の悪党だと思う。たとえば銃を突きつけて脅かすのなら一応、面と向かっている犯罪だけど……こういう詐欺犯罪は顔も出ないし、身を隠しながら1000マイルも離れたような場所からやることもできて、そして彼らは消えていくわけだから、なんだかゴーストと戦っているような感じだよ。
―「人を信用する世代」というお話がありましたが、ジョシュ・ハッチャーソンが演じるデレクはIT社会ならではの無責任な悪人です。彼のような「無意識の悪」に対して現実世界でも危機感を感じますか? そして、それをどのようにデレクに反映したのでしょう。
デレクは、ある意味“最強のヴィラン”だと思う。なぜなら、ものすごく独りよがりでエゴの塊で、自分のことしか考えていない。つまり人脈も特権もあって全てを持っている男が、自分の身を守る術のない無垢な人たちに付け込むということを描いているわけだけれど、デレクの人物像として最も悲劇的なのは、人を人とみなしていないところにあると思う。
本作ではキャラクタースタディというか、そういう人物を掘り下げようとしている。彼を通じて問いかけているのは、例えば自分がしたことの当然の帰結を、なんとしてでも避けようとする他責思考というか、ナルシシズム、独りよがりとは何なのか? ということ。それを彼を通して掘り下げたつもりだよ。我々が人間としてあるべき姿の正反対というか、人を慮ってケアしなければならない、そうすべきであるというのが我々の人間社会だけれど、その真逆だね。
そして権力を持つ者が、身を守る術のない人たちに付け込むとどうなるのか? 世の中の大半の問題は、そういうところから来ていると思う。だから比喩にもなっているんだ。権力者が、あまりにも現実世界と乖離したところで生きているために、知らず知らずのうちに人を利用していたり悪用していたりする。そういった警戒感を皆に持ってほしいという警鐘の物語でもあるんだ。
「ぜひご両親やご祖父母、ご親戚を連れて観に行ってほしい」
―ちょっと変な質問で恐縮ですが……日本の一部の地域では貴重なタンパク源として「蜂の子(クロスズメバチの幼体)」を食べる風習があります。アメリカにもそういった文化はあるのでしょうか?
詳しくはないけれど、他の文化圏でもそういった風習があるということは知っているよ。僕なら喜んで食べてしまうかな。日本の料理は何でも好きだけど、タンパク源というならウェルカムだよ(笑)。
―本作はあまりにも面白いので、シリーズ化してほしいと願うファンもいると思います。その可能性はありますか?
いま企画が進んでいるよ。この後のクレイがどうなっていくか、観られるかもしれないね。
―最後に日本の観客にメッセージをお願いします。
これからご覧いただく日本の皆さんに、ぜひエンジョイしてほしいです。良い映画体験になったらいいなと思っています。ぜひご両親、あるいはご祖父母やご親戚を連れて観に行ってください。どのようにして身を守るべきか、そういうことに対して話し合うきっかけにもなるんじゃないかと思います。そして何よりも楽しんでいただきたいです。
……これほどサクサクとストーリーが進み、観客が悪人に対してやってほしいことを倍々で全部やってくれる主人公が登場する映画は、かなり久しぶりかもしれない。ハリウッド映画ながら私たちにも身近な犯罪がテーマだから、爽快感も格別だ。監督が言うようにご家族と一緒に鑑賞する……のは各自ご判断いただくとして、ぜひ映画館でステイサム無双を浴びて心のデトックスをしてほしい。
『ビーキーパー』は2025年1月3日(金)より全国公開
『ビーキーパー』
アメリカの片田舎で静かな隠遁生活を送る養蜂家。ある日、彼の恩人である善良な老婦人がフィッシング詐欺にかかり、全財産をだまし取られた末に自ら命を絶ってしまう。
詐欺組織への復讐を誓った養蜂家は、かつて所属していた世界最強の秘密組織“ビーキーパー”の力を借り、怒涛の勢いで事件の黒幕へと迫っていく。
その先に立ちはだかるのは、この国では絶対に誰も手が出せない最高権力の影。
それでも養蜂家は何も恐れず前進し、社会の秩序を破壊する害虫どもを完膚なきまでに駆除し続ける。
そしてついに、彼が辿り着いた最大の“悪の巣”とは――?
監督:デヴィッド・エアー
脚本:カート・ウィマー
出演:ジェイソン・ステイサム、ジョシュ・ハッチャーソン、ジェレミー・アイアンズ
制作年: | 2024 |
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2025年1月3日(金)より全国公開