「私は綺麗に正座できていましたか?」
―2021年の東京国際映画祭で審査委員長をなさったとき濱口竜介監督との対談で、ユペールさんは「監督はカメラの位置で俳優に話しかける」とおっしゃっていましたね。
はい、カメラのポジションとはまさに言葉でありフレーズであり、それがどのように自分に向けられているかによって、私はどういう仕草を求められているか、どういう顔の向きや表情を求められているかを察知します。そこには交感のようなものがあります。
―『シドニ』で印象的だったのがアントワーヌと向かい合って正座で座るシーンで、小津安二郎の映画を連想させました。
小津監督は、いつも登場人物の視線に合わせた50サイズのカメラレンズを使ってらっしゃって、レンズを大きくしたり誇張したりしなかったと聞いています。興味のある方です。本当に現実を映し出すカメラレンズなんですね。デフォルメもないし、シャブロルも採用してましたけれど、非常に古風なカメラのレンズサイズです。
―あの場面は、カメラの位置によって正座で座る演技になったのでしょうか? それとも現場がトラディショナルな旅館だから正座になったのでしょうか。正座は西欧の方はあまりしない姿勢ではないですか。
あの正座のシーンは、私にとっては何の違和感もなかったので、なぜ正座なのかとは思いもしませんでしたし、エリーズ(監督)からもなんの説明もなかったんです。ただ、あそこは伝統的な日本旅館なので、郷に入れば郷に従えということでシドニが自然に日本的な座り方をしたんじゃないかと思います。また、アントワーヌが抽象的な幽霊だったらパリのアパルトマンのソファーに座るような座り方で登場するかもしれないのですが、幽霊だけれどリアルに人間の身体をもって、まるで日本の風習を知っているかのように座っていることで、抽象的な幽霊じゃないと示したかったんじゃないでしょうか。私は綺麗に正座できていましたか?
―もちろん、綺麗に正座なさっていました。
「私は、私と仕事したいと言ってくれる人に興味を持つんですよ(笑)」
―これまでにゴダールやシャブロル、スコリモフスキやホン・サンスなど何人もの有名監督とお仕事なさっていますよね。様々な優れた監督とお仕事をされて、吸収なさったことも多いと思うんですが、ご自分で何か映画を撮ろうというおつもりはないですか。
ノン(キッパリ)。私、とっても怠惰なので、いまのポジションがとても快適だから変えるつもりはないんです。監督として、私の脳がどんなふうに機能するかを一度試してみるという意味で好奇心はないではないけれど、それは「やりたい」という欲求ではないですね。
―なるほど、今後お仕事をしたい監督はどなたですか?
濱口竜介監督とか。濱口監督は『ドライブ・マイ・カー』でも世界的に彼の才能を見せつけました。『悪は存在しない』も拝見しました。是枝監督の場合はもっと以前から彼の才能を見てきまして、お仕事したいですね。『怪物』はまだ見てませんけれど。それからジャンル映画ですが、黒沢清監督にはやっぱりすごく興味があります。この三人の方々は全員スタイルが違いますけれど、一緒に撮ってみたいですね。
―日本人監督以外では、どなたかいますか。
私は、私と仕事したいと言ってくれる人に興味を持つんですよ(笑)。
―(笑)50年間、本当に素晴らしい活躍をなさって偉大な功績を残されていて、先ほど怠惰なんておっしゃいましたが、とても信じられません。でも、その50年間の間にほかの多くの女優さんたちが出産、子育てとかセクシャルハラスメントで仕事を辞めてしまったことも目撃してこられたと思うんです。ユペールさんはなぜ50年間続けてこられたとお考えなんでしょうか?
50年という数字には捉われたくなくて、多くの映画を撮った俳優として知られてほしいですが、あまり数は気にしないでください。仕事を続けてきたモチベーションということで言うなら、快感ですね。
―それは創造の喜びということでしょうか。
形容詞なしの“喜び”かしら。本当に私は、演技する時にすごく努力するタイプじゃないんです。演技が好きだから、すぐ演技できるタイプなんです。
―ご苦労とかはあまりお話になりたくないですか?
私の女優としての道のりで、やっぱり良い選択をし続けてきたということは言えると思います。その良い選択は、仕事を受けるか受けないか両方ですね。両方の選択をきちんとしてきました。
―それはご自分の気持ちに正直であったということでしょうか。
絶対に強制されないということが重要で、喜びと、「これはやりたい!」という私の嗜好というか、センスが働いた仕事を受けてきていて、何か必要に迫られたり強制されたりして仕事したことは一切ないんです。とても特権的なキャリアの積み上げ方をしてきたと思いますし、そのことは自覚しています。
―それでは#metooムーブメントで問題になったようなことからは無縁でいられたのですね。
ええ、そういうことは私にはまったくありませんでした。
「映画は問題提起をするもの。アドバイスやメッセージを伝えるためにあるものではない」
―『シドニ』は成熟した大人同士の恋愛物語でした。魅力的に年齢を重ねていく秘訣は、どのようなことだとお考えでしょうか。
この質問への答えは無いですね。そういうことは全然、気にしていないんです。
―外見的なことではなく、哲学とかモットーのようなこととか……。
ノン(またもキッパリ)。私にとってはまったく思いもしないことですね。そういうことはあまり気にならないタイプです。
―では『シドニ』と同じぐらいの年齢の人々に、作品をどのように見てもらいたいでしょうか。というのも、歳をとって暗くなる人が多いと思うのですが、明るく天衣無縫なユペールさんからそういう方へのメッセージがあれば。
まったくアドバイスはありません。映画というものは、何かメッセージを伝えるためにあるものではないのです。ミヒャエル・ハネケ監督の「メッセージを伝達するのは郵便局に任せておけ」という名言があります。映画は問題提起をするものであって、決してアドバイスとか何かメッセージを伝えるためにあるものではないんですよ。
―うーん、素晴らしいご回答だと思います。ありがとうございました。
(微笑む)ありがとうございました。
取材・文:遠藤京子
『不思議の国のシドニ』は2024年12月13日(金)よりシネスイッチ銀座ほか全国順次公開
『不思議の国のシドニ』
フランス人作家シドニが、日本の出版社から招聘される。
見知らぬ国、見知らぬ人への不安がありながら、彼女は未知の国ニッポンにたどり着く。
寡黙な編集者・溝口に案内され、日本の読者と対話しながら、桜の季節に京都、奈良、直島へと旅をするシドニ。
そんな彼女の前に、亡くなった夫アントワーヌの幽霊が現れて……。
監督:エリーズ・ジラール
出演:イザベル・ユペール 伊原剛志 アウグスト・ディール
制作年: | 2024 |
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2024年12月13日(金)よりシネスイッチ銀座ほか全国順次公開