オープンワールドとはなんぞや
ゲーム自体に興味がなくても、無法地帯となっている仮想世界に撮影クルーが潜入して……という本作の建付けそのものに惹かれる人は多いだろう。ゲームに長らく触れていないとオープンワールドそのものへの理解が追いつかないかもしれないが、本作を観ればとりあえず、なんとなく把握できてしまうはずだ。
本作の制作陣は、人気オンラインゲーム「GTA(グランド・セフト・オート)」シリーズを舞台にしたショートフィルム『Marlow Drive』も手掛けている。とはいえ基本的に主人公キャラを操ってミッションをクリアしていくタイプの「GTA」よりも、プレイヤー同士がアバターを通して交流できる「DayZ」のほうが自由度が高く、それゆえにフィールド上では様々な事態が日々発生していたりする。
2022年には“メディアゲリラ”を名乗る<Total Refusal>が、「GTA」の米ロックスター・ゲームによる「レッド・デッド・リデンプション2」の中でNPC(プレイヤー操作対象外のモブキャラ)の挙動をひたすら追ったショートフィルム『Hardly Working』を発表し、いくつかの映画祭で話題になった。細部の作り込みが異常なロックスター作品だから成り立つ作品ではあるが、ネトゲ門外漢が最新ゲームのリアル度を把握するのに分かりやすい題材だろう。
ちょっとヘルツォーク風味? 淡々シュールな仮想空間ドキュメンタリー
そもそもオープンワールドは“何でもできるし、何もしなくてもいい”というのが最大の魅力だった。「DayZ」もゾンビ退治は基本設定の一つでしかなく、エキエムら撮影クルーも“撮影を目的とする人たち”としてゲームに参加している。
クルーが雄大な風景のなかで個性的なアバターたちをせっせと取材する様子は、どこか“ヴェルナー・ヘルツォークみ”がある。デジタルアバター独特の唐突なモーションなんかも、ヘルツォークの『世界の果ての出会い』(2007年)で見た、“なぜか山に向かって走り出す奇妙なペンギン”のようだ。
‘I would not come up with another film about penguins…’ – Werner Herzog
Happy World Penguin Day 🐧
Did you know? Herzog’s epic, poignant doc Encounters at the End of the World, although not solely focused on penguins, won Best Documentary at EIFF in 2008. Watch on @AppleTV! pic.twitter.com/yS1HAyknjk
— Edinburgh International Film Festival (@edfilmfest) April 25, 2021
ゲーム内で接触するプレイヤーたちは、それぞれ自由な世界を満喫している。<深夜の闇(Dark as Midnight)>というコミュニティを率いるアイリスは、「殺しは私たちの日課」と嘯く快楽殺人集団。カウボーイハットがトレードマークのストーン牧師は、オオカミのような神<ダゴス(Dagoth)>を信仰、布教しているらしい。
ダゴスといえば、神話アクション映画『キング・オブ・デストロイヤー/コナンPART2』(1984年)や、マーベル・コミックではドクター・ストレンジの敵として登場する怪人堕ちした古代神の名だ。もちろんH・P・ラヴクラフト作品の<ダゴン>も想起させるが、人気ゲーム「サイレントヒル」のアメコミ版に登場する同名の牧師との関係は不明。ともあれゲーム内にはそうした共同体が現実さながらに存在し、日夜せっせと活動している。
私たちはこういったゲーム世界を便宜上“仮想現実”と呼んではいるものの、当然ながらプレイヤーたちの背景はそれぞれで、アバター同士とはいえ交流するうちに個々の抱える現実がじわりと滲み出ることもある。なかにはゾンビと戦うゲームよりも、むしろ現実世界のほうが“サバイバル”に近いと感じている人もいるだろう。まさに虚実皮膜というか、仮初めの自由を得た人々による本音の社会を取材という建前を通して覗き見るような、なかなか得難い体験をさせてくれるドキュメンタリー作品だ。
『ニッツ・アイランド 非人間のレポート』は2024年11月30日(土)よりシアター・イメージフォーラムにて公開中