「写真もあって、文章もあって、さらに音声もあった」
―ダニー・ライオンは30~40本の取材テープを監督に聞かせたそうですね。
ゼロ年代の終わりごろ、ダニーのサイト「Bleak Beauty Blog」に入り浸っていました。ダニーは当時頻繁にアクセスしていて、あるとき音声データを投稿したんです。キャシーとジプコとキャルの音声でした。僕が初めて彼の写真集を読んでから6年くらい経っていて、ほぼ文章を暗記するくらい読みこんでいたんですが、それは自分の心に一つの窓を開けるような音声だったんです。
僕はアメリカ中西部育ちではないので、そんなアクセントは聞いたことがなくて完全に持っていかれました。キャシーの声は独特で、辛辣で、本当に魅力的でした。ダニーはオリジナル音源をもっと持っているはずだと思ったので、彼に映画の許可を得たあと最初にオリジナルテープの音声をデジタル化させてもらいました。彼はまったくデータ化していなくて、ただ箱に入れてしまわれていたんです。デジタル化してもらったら何時間ぶんにもなりました。それをスマホに入れて何度も、何度も聞きました。人々の声を聞いているだけで、長い道のりを旅しているようでした。
ランダムにいろんな出来事が起こるのを聞きました。ダニーはクラブの集会で、マイクを置きっぱなしにして録音していたんです。別の会話も拾ってしまっているし、ジュークボックスの音楽や、ビール瓶やビリヤードの音も聴こえます。不思議な感じでした。ある空間をそっくり切りとったようなんです。写真もあって、文章もあって、さらに音声もあって、完璧だと思いました。
この投稿をInstagramで見る
―男たちの物語でありながら、ベニーの妻という立場で、どちらかといえば集団に批判的なキャシー(ジョディ・カマー)の語りで物語が進んでいき、そのために客観性とともに皮肉やドライな感じがプラスされているように思います。バイク集団にとってはよそ者のキャシーを中心に据えたのには、そういう狙いがあったのでしょうか。
理由はたくさんあって、それも一つでした。彼女はすごく面白かったんです。男たちは身体も大きいしスーパーマッチョでスーパークールです。それを彼女はすぐに打ち負かしてしまう。彼女はベニーの妻ですが、同時に男たちをネタにして笑ったりもしていた。そのことにすごい魅力を感じました。彼女は自分自身に対しても辛辣で、彼女のインタビューを聞くと本当に興味深いものがあるんです。
60年代のこうしたサブカルチャーの中では、誰も彼女に話す機会を与えなかったみたいです。だからダニーが質問すると、洪水みたいに答えが返ってくる。実際、浮かんだ考えがそのまま口から出てくる感じです。クラブについて話しながら、自分自身について話している。魅力を感じながら怒りを感じることもある。彼女の言うことすべてに賛成できるわけではないけれど、いつも本当に思っていることしか言わない。発言からは、いつも人間らしさが感じられます。
そしてそれこそが私にとっては魅力で、当時のミソジニー的なアメリカのカルチャーを解釈して分析する、パーフェクトな方法だと思ったんです。まさに彼女がそれをどう見たか、この特異なバイクカルチャーを女性が語るようなことは今までなかったんですから。
―女性がこのカルチャーをどう見たかということで、キャシーが狂言回しになったのですね。
そうです。クラブが超男性的だからでもあります。クラブは特に男らしさのシンボルになっていますよね。バイクもそういう感じですし、衣装も行動もそう。キャシーは完全にインサイダーでも、完全にアウトサイダーでもある位置にいます。そのシーンのど真ん中、最前列にいるんですが、同時に女性でクラブの公式メンバーではないという理由で、常にアウトサイダーになってしまいます。
この映画でも、もっとも物議を醸すのが赤いドレスのシーンです(※クラブのパーティ会場で、夫のベニーが会場を離れた隙に彼女を知らない新メンバーにレイプされそうになってしまう)。ショッキングなシーンですが、これも写真集にあった彼女の物語がネタ元なんです。
身近なメンバーの近くにいるときは居心地もいいし安心できる。でも彼らがいなくなったら? 完全な弱者になってしまうんです。彼女が認識していたにせよ、いないにせよ、そんな危険に始終さらされていたんですよ。どれだけ長くベニーと一緒にいたって、クラブにいたって、新メンバーや知らないメンバーが来たら、彼女はアウトサイダーになってしまう。インサイダーではない。彼女は女性で、かなり危険な状況になります。ここは、こうしたサブカルチャーが女性にとってどのようなものだったか、リアリティを示すために入れなくてはいけない重要なシーンだったと考えています。
「私たちは誰かと一緒にいたい。しかし集団に属さない人を見ると、羨ましいと思う」
―「The Kid」(※日本語字幕では“若造”と訳されている名のない主要登場人物)というキャラクターは、監督が作ったんですよね。ジョニーに叛逆するThe Kidには、なぜ名前をつけなかったのですか? トビー・ウォレスが演じた彼は、怒れる若者の代表ということでしょうか。
おっしゃる通りです。クラブに影響した社会の動きから作り出しました。そうしたムーブメントは実際に起こったことでしたし、The Kidは多くの人々を現しています。当時リアルだった物の見方(attitude)を代表しているんです。だから一人の人物にそれを注入しなければなりませんでした。彼はシンボルそのものなんです。よく気が付かれましたね。当時の青年たちを代表させているから名前がないんです。まったく違う世代、このサブカルチャーを内側から食い尽くす新しい世代を代弁するためだけに必要なキャラクターでした。
もっとも面白いと思い、物語の骨子にもなったのが、これはクラブという“集団”の物語だということです。男どもが楽しく出歩くための集団だったのが、たった10年の間に巨大になってもっと犯罪的な集団に変わってしまうんです。
最初に集まった男たちと、終わりのほうに入ってくる若い男との間には、どんな違いがあるのか? 後から入ってきた若い男たちは、良くも悪くも既にある種の権威的集団となってクラブが有名になってから入ってきた男たちなんです。だからはっきりした欲望や目標を持って入ってくる。
ところが元々のメンバーはまったくフォーマルじゃない。何か魂胆があって参加したわけじゃなくて、彼らを受け入れない社会や何かから逃れてきただけ。でもThe Kidが代表するような人々は、クラブの中に何か攻撃的なものとか潜在的に暴力的なものを見て、そこに魅かれて入ってきてしまう。元々のメンバーとはまったく思想が違っていて、それがこの映画のポイントになっています。だからThe Kidは結果的に非常に重要な象徴になりますね。
―アウトサイダーたちの集団の中でも、ベニーはもっとも社会に馴染まず、そのためにジョニーに気に入られていますよね。実際、アウトサイダーでいつづける人には不思議な魅力がありますが、なぜ人はインサイダーよりアウトサイダーに惹きつけられるのでしょうか。監督はどのようにお考えですか。
それは私たち、多くの人が群れで暮らす生き物だからだと思います。私たちは集団に帰属したい、そして帰属することを選んだ集団が我々のアイデンティティになりますよね。それが人間の習性です。私たちは誰かと一緒にいたい。しかし、集団に属する必要がない人が一人でいるのを見ると、羨ましいと思う。それは私たち誰もが個性が欲しいからです。
自分だけのアイデンティティが欲しい。独自の存在でありたい。アウトサイダーになりたい。パーパス(目標、存在意義)があって、独特で、簡単に誰かと取り替えられるような存在ではないから、とても魅力的なんです。誰もその人みたいな人はいない。それこそ、みんながなりたい人物です。多くの人々にとって、そういう人と自分は違う。だって自分は集団の一部だから。ある宗教、ある会社、ある職業、ある家族に属しているということ、あらゆる集団に帰属することによって生まれたアイデンティティがありますよね。だからそういうことをまったく気にかけない、そういうことに価値を見出さないし、外からのインプットを必要としない人を見ると、自分との違いを感じてものすごく魅力的に感じるわけです。
社会からの好意や理解を無視することは不可能です。ベニーは本当にそういうことを“知ったこっちゃない”と思っていて、それはとても独特な個性だし、魅力的だと思います。でも笑えるのは、愛する相手、人生を賭ける相手としては最悪ということです。だから最終的に、ベニーとキャシー、ベニーとジョニーの三角関係は悲劇なんです。
いまご説明したような理由で彼は魅力的ですが、人生を賭けるには最悪の相手で、空っぽのグラスというか、底が抜けたグラスみたいなもので、いくら愛を注ぎ込んでも流れていってしまう。彼にはそういう能力はないんです。だから魅力的なんですが、だから彼みたいな人に引っかかると悲劇になってしまうんですよ。
取材・文:遠藤京子
『バイク・ライダーズ』は2024年11月29日(金)より全国公開
『バイク・ライダーズ』
バイクを愛するアウトサイダーたちの唯一の居場所(クラブ)が、誰も予想だにできない形へ変貌していく― 彼らを取り巻く状況の変化とともに、クラブはより邪悪な犯罪組織へと発展し、対立と憎悪を生み出すようになる。60 年代アメリカを舞台に、インタビュー形式で綴られる伝説的モーターサイクルクラブの栄枯盛衰。半世紀以上にわたって私たちの想像の中に生き続けてきた象徴的なアウトロー・バイカーと、彼らが辿った反抗的な文化が、生々しくも儚さを携えてスクリーンに蘇る。
監督・脚本:ジェフ・ニコルズ『テイク・シェルター』
出演:オースティン・バトラー、ジョディ・カマー、トム・ハーディ、マイケル・シャノン、マイク・フェイスト、ノーマン・リーダス
制作年: | 2024 |
---|
2024年11月29日(金)より全国公開