「あのシーンの〈汗〉は本物なんです!」
―チョ・ジヌンさん、イ・ソンミンさん、キム・ムヨルさんの存在感に感嘆しました。彼らの俳優としての素晴らしさを実感した、撮影中の印象的なエピソードがあったら教えて下さい。
うーん……あまりにもたくさんありすぎて一つ挙げるのは難しいのですが、3人の俳優たちそれぞれの演技力から、非常に良いパワーを感じさせてもらいました。もう私はずっと、感嘆の声を上げながら撮影していましたよ。
特に記憶に残っている場面をあえて一つ挙げるとすれば、映画の後半で韓国のクッパ(雑炊)を食べるお店で、ヘウン(チョ・ジヌン)とスンテ(イ・ソンミン)が会話をするシーンがありますよね。あそこはアクションシーンではないにもかかわらず、どんなアクションよりも緊張感のあるシーンが生まれたと思っています。あのシーンを撮っているとき、会話だけでこれほどまでの緊張感を見せてくれるのか! と本当に驚きました。
またキム・ムヨルさんは、善と悪の両方の顔を持っている俳優だと思うんです。そして彼が演じるピルドも、善人であり悪人でもある。じつは劇中の3人の中では、ピルドが一番優しいんですよね。彼は最後まで“何か”を信じていたんですが、それゆえにああいった結果を招いてしまう。そのときのムヨルさんのシャープな演技も素晴らしくて、とても記憶に残っています。
―ヘウンとスンテが対峙するシーンでは、チョ・ジヌンさんの「汗」が印象的で、窒息しそうなほどの緊張感でした。あれはメイク(霧吹き等)によるものなのでしょうか? もしチョ・ジヌンさんが自ら“出した”汗なのであれば、本当に驚くべき演技力です。
あのシーンの「汗」は本物なんです! 全てのスタッフが、チョ・ジヌンさんの汗の演技に驚きました。汗をかくというのは、なかなか調節できるものではないですよね? なので撮影していたスタッフ全員がびっくりしたんです。本当に汗がダラダラ流れてきたんですから。緊張するシーンということもあって汗が出たのだとは思うのですが、「いやいや、本当に汗が流れたぞ!」と驚いてしまって。後で見たら絶対にメイクだと思ってしまいますよね。なので「ああ、いま撮影しているところをみんなに見せたい!」と思いながら撮っていました(笑)。
―ヘウンの家に続く「狭く長い石の階段」が何度か登場します。あの階段は、一段上がるたびに逆に悪の道に堕ちていく、ヘウンの状況を表しているのでしょうか?
今回たくさんのロケーションを探したんですが、最後までこだわって探したのがヘウンの家でした。なぜかというと、あの家に行くには頑張って歩くしかないですよね。階段を上がりきったところに家があって、たどり着いて振り返ると、釜山の海が眼の前に広がっている。つまり、ヘウンの欲望とも重なっているところがあるんです。
彼は苦労しながら家にたどり着き、階段を上がって上がって見下ろすと、ぱーっと開けた世界が見える。これは彼の欲望と重なる“展望”を表現できる空間だと思って、とにかく最後まで意地を張ってこだわって選んだ場所だったのですが、スタッフの皆さんは探すのに苦労していました(笑)。韓国のあらゆる海辺をすべて探したんですが、結局は釜山で見つかりました。私一人ではなく、スタッフの皆さんも苦労して探してくれたんです。
「マキャヴェッリのある言葉が、この映画を要約してくれています」
―権力者がやることは、数千年前からほとんど変わっていません。格差が広がった現代社会では、「貧乏人を助けるのも貧乏人なのだ」と感じてしまうことが多々あります。本作は、私たち一般人が知り得ない「権力の正体」を突きつけて考えさせる映画でしょうか? それとも、私たちと同じ人間の内面を描いた娯楽作品として楽しむべきでしょうか?
映画というのは商業性も大事なんですが、私はこの『対外秘』という映画を作るにあたって、できるかぎり自分の考えを作品の中に込めたいと思いました。人間の歴史が始まってからというもの、権力が抱えている矛盾や世の中の不条理、人間の欲望というのはずっと続いてきているわけで、そういったことも盛り込みたかった。この映画の中で描かれているように、極限の状況に追い込まれた人物の姿も見せたかったんです。
ただ、そこで心配だったのは、あまりにも重くシリアスな映画になってしまうと、皆さんが「観たい」と思ってくれないかもしれないということでした。おそらく観客の皆さんは映画を楽しみたい、笑って終わってほしいと望んでいるだろうと思っていましたから。なので非常に悩ましいところではあったのですが、それでもやはりこの映画には私が言いたいことを詰め込もう! という思いで作りました。
―本作を観る日本の観客の皆さんに向けて、最後に監督からメッセージをお願いします。
なるべく要約して皆さんに伝えたいと思います。あの(ニッコロ・)マキャヴェッリの言葉に、「地獄に行きたくなければ(※天国に行くためには)、地獄に続く道をよく知らなければいけない」という言葉があります。
この映画では社会の不条理や、本当は目を背けたいけれどしっかりと見なければいけないこと、腐敗や不正、矛盾が描かれています。つまり、この映画で観ることによって、そういった“現実”を見ることになりますよね。そして現実を知れば、これが“悪の道”だということがわかるので、その道に入らずに済むと思うんです。ですから、いま私が挙げたマキャヴェッリの言葉は非常に適切だと思いますし、その言葉で要約できると思います。
『対外秘』は2024年11月15日(金)より全国公開中
『対外秘』
1992年、釜山。党の公認候補を約束されたヘウンは、国会議員選挙への出馬を決意する。ところが、陰で国をも動かす黒幕のスンテが、公認候補を自分の言いなりになる男に変える。激怒したヘウンは、スンテが富と権力を意のままにするために作成した〈極秘文書〉を手に入れ、チームを組んだギャングのピルドから選挙資金を得て無所属で出馬する。地元の人々からの絶大な人気を誇るヘウンは圧倒的有利に見えたが、スンテが戦慄の逆襲を仕掛ける。だが、この選挙は、国を揺るがす壮絶な権力闘争の始まりに過ぎなかった――。
監督:イ・ウォンテ
出演:チョ・ジヌン イ・ソンミン キム・ムヨル
制作年: | 2023 |
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2024年11月15日(金)より全国公開中