スクープこそ、報道の自由を守る戦士たちの闘い
政権の圧力と戦ったワシントン・ポスト『ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書』
第90回アカデミー賞で作品賞と主演女優賞の2部門にノミネートを果たしたスティーヴン・スピルバーグ監督の『ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書』(2017年)。
ワシントン・ポスト紙の社主キャサリン・グラハム(メリル・ストリープ)と編集主幹のビル・ブラッドリー(トム・ハンクス)を主人公に、トルーマンからニクソンまで、代々の政権が隠蔽し続けてきた最高機密文書をめぐって、彼らがいかに政府の圧力に屈せず、報道の自由を守ったかを描いた作品である。舞台は1971年。つまりウォーターゲート事件の起こる前年だ。
アラン・J・パクラ監督の『大統領の陰謀』(1976年)は、まさに『ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書』が終わった時点から始まる。
アメリカの最高権力者による不正を暴いた記者たち『大統領の陰謀』
ニクソン大統領2期目の予備選挙の最中に、ウォーターゲート・ビルの民主党本部に侵入した者が逮捕される。ワシントン・ポストに入社したばかりの社会部記者ボブ・ウッドワード(ロバート・レッドフォード)は、上司のハワード・ローゼンフェルド(ジャック・ウォーデン)から取材を命じられて裁判を傍聴に行くと、犯人はコソ泥とは思えないくらいの大金を所持しており、大物弁護士がついていた。
一方、先輩記者のカール・バーンスタイン(ダスティン・ホフマン)もこの侵入事件を不審に思っており、二人でコンビを組んで取材を続けることになる。すると、ニクソン政権につながる大物の名前が次々に浮かび上がり、事件の背後に巨大な陰謀が隠れていたことに気づく。編集主幹のベン・ブラッドリー(ジェイソン・ロバーズ)は、報道の自由を守るために戦うことを決意、やがてポストの報道が世界を揺るがす大事件になっていく。
この『大統領の陰謀』は40年以上前の作品で、ウォーターゲート事件のことを覚えている人は少ないだろうが、いま観ても新鮮だ。わずかな手がかりを追って事件の真相に迫っていく過程はスリリングで、推理小説を読むような面白さ。
アラン・J・パクラ監督の抑えた演出、マーティン・バルサム、ジャック・ウォーデン、ジェイソン・ロバーズ(アカデミー助演男優賞受賞)といったベテラン俳優たちの渋い演技、名手ゴードン・ウィリスの撮影、そしてワシントン・ポストの編集局をゴミ箱の中身まで忠実に再現したセットが素晴らしい。
聖職者による児童虐待……自国の闇を炙り出す『スポットライト 世紀のスクープ』
第88回アカデミー賞で作品賞を受賞した『スポットライト 世紀のスクープ』(2015年)は、2001年のボストン・グローブ紙が舞台。新たに編集局長に就任したマーティ・バロン(リーヴ・シュレイバー)が、特集ページ“スポットライト”の取材班に、聖職者による児童虐待事件を取り上げるよう命じる。
ウォルター・ロビンソン(マイケル・キートン)を長とし、マイク・レゼンデス(マーク・ラファロ)、サーシャ・ファイファー(レイチェル・マクアダムス)、マット・キャロル(ブライアン・ダーシー・ジェームズ)からなる少数精鋭の取材チームは、事件を起こした神父や被害者、虐待事件を扱ってきた弁護士を取材するうちに、神父による虐待事件は想像以上に多く、カトリック教会が組織的に事件を隠蔽してきたことに気づく。伝統的にカトリック信者の多いボストンという閉鎖的な社会で、取材チームは様々な障害や妨害工作に遭いつつ、ついにボストン教区の大司教が問題を知りながら無視してきた事実を掴むのだが……。
監督は『扉をたたく人』のトム・マッカーシー。この映画が何よりも素晴らしいのは俳優のアンサンブルで、賞は逸したが、ラファロとマクアダムスが助演男女優賞にノミネートを果たした。
アメリカではジャーナリズムと映画人の“正義“が守られている
『ペンタゴン・ペーパーズ』も『大統領の陰謀』も『スポットライト 世紀のスクープ』も、特ダネを掴んだ新聞記者たちが、いかにして取材を重ね、記事を練り上げ、他紙を出し抜くか(スクープするか)の物語である。
その行程で必ず、狙った特ダネが大きければ大きいほど、真相を暴露されて困る権力者たちから圧力がかかる。そのときアメリカの新聞は、いかに相手の権力が強大でも、必ず報道の自由のために闘う方を選ぶ。報道の自由は、1791年に採択された合衆国憲法修正第1条で保障された、建国の理念の1つだからだ。
そして、ニクソンやトランプといった大統領が現れ、建国の理念が揺らぐ危機的状況を迎えると、必ず報道の自由をテーマにした映画が作られる。ジャーナリズムの正義と、映画人の正義がまだ生きているアメリカをうらやましく思う。
文:齋藤敦子