普通のディスコ音楽には興味ナシ! フリードキンを魅了した音楽とは?
『クルージング』の製作にあたって、フリードキンは実際にこの種の店に足を運び、どのような音楽が流れているのかリサーチしたが、店内で聴いたのはドナ・サマーやKC&ザ・サンシャイン・バンド、ヴィレッジ・ピープルといったごく普通のディスコ音楽だった。
よりハードでエッジの効いた音楽を求めたフリードキンは、以前から交流のあったミュージシャンのジャック・ニッチェに協力を仰いだ。
ジャック・ニッチェはフィル・スペクターやニール・ヤング、ローリング・ストーンズとのコラボレーションで知られる作曲家/アレンジャー/音楽プロデューサー。映画音楽の分野でも『カッコーの巣の上で』(1975年)と『愛と青春の旅だち』(1982年)でアカデミー作曲賞にノミネートされ、後者ではジョー・コッカー&ジェニファー・ウォーンズの主題歌「Up Where We Belong」で歌曲賞を受賞した才人である。
1960年代、ニッチェはソニー・ボノと共同でジャッキー・デシャノンの「Needles and Pins」を作曲していたが、フリードキンも『ソニーとシェールのグッド・タイムス』(1967年)を監督しており、こうした縁もあって両者はよき友人となった。その後、ニッチェは『エクソシスト』で追加音楽を作曲。彼の音楽性に全幅の信頼を寄せていたフリードキンは、二人で様々なクラブを回り、本作のサウンドトラックにふさわしい刺激的な曲を演奏するバンドを捜したという。
ニッチェが「これまで一緒に仕事をした中で最高のシンガー」とフリードキンに薦めたのは、ニューヨーク・パンク・シーンで活躍していたミンク・デヴィルのフロントマン、ウィリー・デヴィルだった。彼の曲にすっかり魅了されたフリードキンは、「Heat Of The Moment」、「Pullin’ My String」、「It’s So Easy」の3曲を劇中で使用した。
ちなみに前述の『フリードキン・アンカット』で『クルージング』への思い入れを熱く語っているクエンティン・タランティーノは、「It’s So Easy」を『デス・プルーフ in グラインドハウス』(2007年)の中で使っている。
「この映画のサウンドトラックにはパンクロックがふさわしい」
次にニッチェが薦めたのが、「男性と女性の声の中間ぐらいのユニークな歌い方ができるシンガー」と評したマデリン・フォン・リッツ。フリードキンは彼女のことをセレブ御用達の美容師として知っていた。マデリン・フォン・リッツことリン・キャッスルは美容師をしながら音楽活動を行っていた異色のシンガーソングライターで、本作のために「When I Close My Eyes I See Blood」をレコーディングした。
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「ジャック(・ニッチェ)がいなかったら、自分はこのバンドを聴きに行かなかっただろう」と音楽通のフリードキンでもその存在を知らなかったジャームスは、過激なステージパフォーマンスを売りにしていたハードコアパンク・バンドで、本作には「Lions Share」が使われた。『クルージング』のサウンドトラックにはパンクロックがふさわしいと確信したフリードキンは、ザ・クリップルズ(LAのパンクバンド)の「Loneliness」、ラフ・トレード(カナダのロックバンド)の「Shake Down」など攻撃的な楽曲を次々と採用していった。
そのほかパーラメント/ファンカデリックのドラマーとして知られるジェローム・ブレイリーのソロ・プロジェクト、ミューティニーのファンクナンバー「Lump」を序盤のSMクラブのシーンで使用。そして刺殺事件の犠牲となる男が夜の公園をうろつくシーンでは、不遇時代のジョン・ハイアットが歌う「Spy Boy」が不吉なムードを醸し出している。
ニッチェは本作の劇伴も作曲しているが、知る人ぞ知る個性的なバンドやシンガーソングライターをフリードキンに紹介し、楽曲プロデュース(※注2:既製曲の「Lump」を除く)を手掛け、彼が望んでいたようなサウンドトラックを作り上げたことで映画に大きく貢献したと言えるだろう。
文:森本康治
『クルージング』は2024年11月8日(金)よりシネマート新宿ほか全国順次公開
『クルージング』
夜のニューヨーク。ゲイ男性ばかりが狙われる連続殺人事件が発生。
密命を受けた市警のバーンズ( アル・パチーノ)は、同性愛者を装い、“ストレート”立入禁止のSM クラブへの潜入捜査を開始する。
毎夜、男たちの性の深淵を彷徨い、身も心も擦り減らすバーンズは、遂に犯人の手がかりをつかむが―。
出演:アル・パチーノ ポール・ソルヴィーノ:カレン・アレン
脚本・監督:ウィリアム・フリードキン
製作:ジェリー・ワイントローブ
原作:ジェラルド・ウォーカー
音楽ジャック・ニッチェ
サントラ参加アーティスト:ウィリー・デヴィル ザ・クリップルズ ジョン・ハイアット マデリン・フォ ン・リッツ ミューティニー ラフ・トレード ジャームス
制作年: | 1980 |
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2024年11月8日(金)よりシネマート新宿ほか全国順次公開