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「菅田将暉を主人公に」の理由を黒沢清監督が語る『Cloud クラウド』インタビュー「狂気の主人公? むしろ逆です」

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ライター:#遠藤京子
「菅田将暉を主人公に」の理由を黒沢清監督が語る『Cloud クラウド』インタビュー「狂気の主人公? むしろ逆です」
菅田将暉 黒沢清 ©2024 「Cloud」 製作委員会
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黒沢清×菅田将暉のヒューマン・サスペンス

全国公開中の黒沢清監督の新作『Cloud クラウド』は、現実に起きたネットで集まった他人同士による殺人事件から着想を得たという。経済的に豊かではない青年が、利益だけを目標に淡々と転売を続けていくうちに多くの人の恨みを買い、それがネット上で憎悪の連鎖を生み、ただ憂さ晴らしをしたいだけの者たちまで集まり“狩りゲーム”が始まる……という物語だ。

サスペンス・スリラーとアクションの要素を両方兼ね備え、冷徹な描写に引き込まれる本作。黒沢監督へのインタビューから、社会の狂気と正気のあわいが浮かび上がってきた。

『Cloud クラウド』©2024 「Cloud」 製作委員会

「SNS、インターネットそのものには善も悪もない」

――本作は集団狂気に主人公が狙われるサスペンス・スリラーですが、『Chime』(8月より公開中)を劇場で拝見しまして、改めて監督の映画の怖さは「狂気」から生まれる怖さだなと実感しました。『CURE』(1997年)、『クリーピー 偽りの隣人』(2016年)はもちろんそうですし、『蛇の道』(1998年/2024年)の小夜子も静かに憎悪に狂っていて、『スパイの妻』(2020年)でさえも社会が全体主義に狂っている話ですよね。監督自身は狂気への関心の強さをご自分で意識されていますか。

作品によっても違うかもしれませんが、いわゆる狂気というのとは少し違って、僕が扱っているのは、――『スパイの妻』は特徴的だったのかもしれませんが――「普通こんな感じだよね?」と何気なく動いている社会の中で、主人公が突然生きづらくなるという状況です。そのときに、社会から見たら主人公が狂っているのかもしれませんが、主人公から見たら「いや、社会の側がおかしい」と。もちろん、そうはっきり認識できるかどうかわからないですが。

だから一般的には狂気と見えるかもしれませんが、物語の流れからすると、主人公は客観的に社会を見て、だんだん正気に近づいていく。むしろ逆です。社会から見ると、どんどん主人公が狂っていくように見えるかもしれませんが、社会のある種の矛盾や理不尽さ、不自由といったようなものに気づいていく物語と僕はとらえています。

『Cloud クラウド』©2024 「Cloud」 製作委員会

――確かに、『Cloud クラウド』で吉井(演:菅田将暉)が最初に襲われたとき、“東京から来たから襲われたんだ”という言説が警察でまかり通ってしまうほど東京と地方との格差が大きかったり、三宅(演:岡山天音)が殴られるシーンのように普通のサラリーマンに見える人が突然暴力的になったりとクレイジーなところがある社会なので、監督が描かれる社会的な狂気というものが非常にリアルに感じられます。この作品の中で吉井は被害者として登場して、冒頭で彼のことを「狂ってる」と言う殿山(演:赤堀雅秋)が、憎悪で狂っていきますよね。

そうですね。

――その憎悪がSNSで増幅されていくわけで、以前監督はこの作品についてのコメントで、暴力事件の背景に「ムシャクシャした気分がインターネットによって肥大していくシステムがあるようだ」と指摘なさっていました。とくにSNSについてどのようにお考えなのかうかがいたいのですが。

SNS、インターネットそのものには善も悪もないと思います。ただ、人の心の中にある小さな、ほんのささやかな何かを拡大して集結させてしまう力を持っていると思います。これを善意の方向に使うことも充分できるわけです。小さな善を大きくして集めて。それはそれで理想的だと思うんです。

『Cloud クラウド』©2024 「Cloud」 製作委員会

――クラウドファンディングなどは、そういうものもありますよね。

そうですよね。ただ、いまの社会の雰囲気からすると、悪意の方向に使われてしまうことがすごく多くなっているという気がします。SNSに問題があるんじゃなく、使う側の人間の心の中に芽生えてしまっているものに原因があるんだと思います。

――とくにSNSについてうかがいたかったのは、先日『シビル・ウォー アメリカ最後の日』のアレックス・ガーランド監督にインタビューしたとき、ガーランド監督が「SNSというのはヘロイン中毒者の針みたいなものだ」とおっしゃったんです。

それはなかなか露骨な例えですね。でもわかります。それそのものには別に悪も善もない。注射針は使いようによっては良いようにも使えるわけです。もちろん本来はいいことのために開発されたんだと思いますが、麻薬にも使われますし。

『Cloud クラウド』©2024 「Cloud」 製作委員会

「“普通の人たち”が一番とらえどころがない」

――「社会が狂っているんじゃないか」とおっしゃられましたが、それを感じさせられたのが、主人公の吉井がまったく悪いことをしている自覚がないからこそ、パニックルームどころか逃げ道も確保していないわけですよね。一方で、富裕層の悪い人たちは警備システムが完備された都心の家に住んでいるんじゃないかと考えると、やっぱり持たざる者が持たざる者を狩っているように見えてしまいます。そうした持たざる者が持たざる者を、というような構図も監督は考えていらっしゃったんでしょうか。

今回は、吉井も含めて出てくる人たちは基本的には、普通の人。極端に貧しいとか、極端に金持ちとか、荒川良々さんが演じた滝本は会社の社長ですが、極端な人たちではないと考えてはいます。ただ、普通の人たちって一番とらえどころがなくて、吉井はその典型だと思います。ある種の貧しさ――転売は、一歩間違うと全財産を失う可能性もありますが、うまくやると、そこそこのお金が入ってくる。

ひと昔前は「この会社に勤めていれば安定だ」という幻想があったんですが、いまはもうそれはないと思います。どんな大会社に勤めている人も明日クビになるかもしれない、明日会社が倒産するかもしれない、路頭に迷うかもしれない。でも、ちょっと持っている株が当たれば、ひょっとしたら……など、どちらの可能性も考えながら“真ん中で生きてる”のが普通じゃないかと思います。ですから小金が貯まれば贅沢をしてみるし、一方で明日、それを失うんじゃないかとハラハラしながら生きているというような。吉井は、そんな普通の生き方をしていると考えています。

『Cloud クラウド』©2024 「Cloud」 製作委員会

――作品資料に、転売をなさっているお知り合いがいらっしゃると書いてあったんですが、“誰にでもできそうだけど、みんながやるわけではない仕事”と意識されて(主人公の職業の設定として)決められたんでしょうか?

はい。僕の知り合いがやっていたんですが、本当に真面目な男で。ただ組織の中で働いたりすることは苦手で、取り立ててなにかすごい才覚があるわけでもない、もちろん財産があるわけでもないといった人間が、現代社会で生きて行くときの一つのわかりやすい選択肢だなと。ほとんどひとりでやる作業ですし、ものを安く買って高く売るっていうのは、資本主義社会のどの会社もやっていることですよね。それをたったひとりで、そのリスクも含めてやっている。本当に現代を象徴する仕事の一つだなと思って、この仕事を(主人公の設定として)選びました。基本は真面目にコツコツとやるような仕事なんです。余ったお金でイチかバチか博打を打つ、というものではないんですね。

――そうですよね。荷詰めして送ってっていう、あの手間を考えるだけで私は無理だなと思ってしまいます。

(笑)。結構、面倒くさいみたいですよ。そりゃそうですよね、実際にものを売り買いするって簡単なことではないですよ。

黒沢清監督『Cloud クラウド』©2024 「Cloud」 製作委員会

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『Cloud クラウド』

世間から忌み嫌われる“転売ヤー”として真面目に働く主人公・吉井。彼が知らず知らずのうちにバラまいた憎悪の粒はネット社会の闇を吸って成長し、どす黒い“集団狂気”へとエスカレートしてゆく。誹謗中傷、フェイクニュース――悪意のスパイラルによって拡がった憎悪は、実体をもった不特定多数の集団へと姿を変え、暴走をはじめる。やがて彼らがはじめた“狩りゲーム”の標的となった吉井の「日常」は、急速に破壊されていく……。

監督・脚本:黒沢清

出演:菅田将暉 古川琴音 奥平大兼
    岡山天音 荒川良々 窪田正孝

制作年: 2024