「振付どおりのファイトシーンにしたくない」度を越したパテルのコダワリ
パテルからの熱いオファーを受けて『モンキーマン』に加わったブラヒムだが、当初はアクション映画出演のイメージがないパテルに対し、彼が望む格闘アクションを演じることができるのか? という不安を抱いていた。しかし、初めてパテルと対面してトレーニングをし、彼の類まれな身体能力を確認したことで、その不安は消え去った。
さらにパテルは、格闘アクションだけでなく映画全体のアクションを統括するスタント・コーディネーターとして、大好きな『ザ・レイド』シリーズ(2011年ほか)にスタントで参加し、イコ・ウワイスが主演した残酷格闘アクション映画『ヘッドショット』(2016年)でスタント・コーディネーターを担当したUdeh Nansをスタント・コーディネーターとして招いた。
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だが『モンキーマン』にとっての大きな課題は、キッドの戦闘スタイルや格闘シーンをどう描くかであった。
格闘シーンの振り付けは野蛮で肉感的なものにしたかった。脚本を書いている間、僕は本当の防衛本能とはどんな感じだろう? と常に考えていました。映画の前半のキッドは、まだ訓練を受けておらず、感情をコントロールできない未熟な状態です。この時の彼は、檻に入れられた動物のように追い詰められた存在。だから彼の戦い方は原始的で、ざらざらして、歯を食いしばってヨダレを垂らし、引っ掻き、噛みつくような感じでなければなりません。生と死に直面し、手錠をかけられたら、どうするか。噛みつきますよね? 生き残るためなら何でもしますよね?
そうパテルが語るように、映画前半のキッドは戦闘スキルこそ未熟だが、あまりにピュアすぎる復讐心でそれを補っている。その戦い方は荒々しく残忍で即興的で、戦いに勝つために手足以外の手段を使うこともためらわない。
やがて、トレーニングによって技術を磨いた彼は、自分の感情をコントロールし始め、より効率的でストイックな殺人者になっていくんだ。
それでも、幼き頃から胸に刻みつけた獰猛な復讐スピリッツは健在。クライマックスの格闘では、彼は口でくわえたナイフで敵の喉をえぐる、という韓国バイオレンス映画に負けない残酷暴力を披露。さらに韓国映画からの影響といえば、同じくクライマックスの戦いでパテルがナイフを使った際、『アジョシ』(2010年)のウォンビンを思わせる、後ろから組み付いた敵の胸にナイフを何度も突き刺す、敵の手首や脇の下など出血しやすい部位を切り裂く等のテクニックを披露している。
戦いをリアルで野蛮なものにしたい、というパテルの想いは撮影中もつきまとった。
私はキッドの戦いを、事前に練習した振り付け通りに動いている、と思われるようなシーンにはしたくなかったんです。
この悩みはパテルだけでなく、格闘アクション映画を撮ろうとする者すべてに立ちはだかる問題である。が、パテルの心配は(イイ意味で)度を越していた。
手近なアイテムをクイックな判断で武器にする、エスプリの効いた戦闘スタイル
ファイトシーンの撮影では、常に“ああ、振り付けのような感じになりすぎている。どうすればもっと<ぎこちなく>できるだろう? どう撮影すればいいのだろう? カットをあまり割らないようにするには、どうしたらいいだろう?”と悩んでいました。
振り付け通りに動くファイトシーンを、リアルで乱暴でぎこちない戦いのように描くのは難しい。だから、不意を突かれてつまずいたり、転んだり、滑ったり、窓にぶつかったり、噛み付いたりするアクシデント的な要素を、可能な限り盛り込むようにしたんです。
またファイトシーンをより生々しく見せるために、撮影にも工夫がされた。
ファイト・シーンを撮影する時、アクションをしている俳優の先の動きまで把握したカメラが“次に何が起こるか分かって撮影している”感じではなく、予測できない俳優たちの戦いをカメラが必死に追うような撮影をするようにしました。
撮影現場では様々な試行錯誤がされた。映画のクライマックスで、ペントハウスに殴り込んだキッドが、まずは1階の厨房で8人の敵と戦う場面がある。このファイトシーンは当初、20カットほど割る予定であった。しかし、戦いの生々しさを強調したいと考えたパテルは、長い2つのカットだけで8人と戦った。
このシーンに限らず『モンキーマン』のファイトシーンは、ほとんどが長いワンカットで撮影されたような映像に仕上がっている。そのぶん観客にとっては、パテルが放つクイックな後ろ回し蹴りやエグい凶器の使い方のひとつひとつを丹念に追うことができるシステムになっている。
ちなみに、壮絶な修行によって殺人スキルをアップデートしたキッドは、このキッチンの戦いで次々と襲いかかってくる8人の敵に対して、フライパン、ガスコンロ、包丁、鍋、瓶、電子レンジなどなど、厨房にあるアイテムをクイックな判断で武器にする、というエスプリの効いた戦闘スタイルを披露する。
もうひとつちなみに、パテルはこのシーンの前に撮影された、警察署長とのトイレでのファイトシーンの撮影中に手を骨折。そのためキッチンでのファイト・シーンは片手が折れた状態で撮影した。つまり、パテルという人物は『モンキーマン』の主人公級にあきらめない人なんだな、ということを記しておきます!
さらに言うと、彼は本作の撮影中に肩の裂傷、汚水による目の感染症、そして撮影前に負った足の指の骨折など、数々の怪我を負いながら監督業とアクションスター業をやり遂げました!
「この映画は弱者への賛歌、弱者を応援する映画なんです」
パテルが愛する様々な要素が盛り込まれた『モンキーマン』だが、なかでも格闘アクション映画ファンがグッとくるシーンのひとつが、キッドがより戦闘能力の高い戦士になるための<修業シーン>だろう。『ドランク・モンキー/酔拳』(1978年)など往年のカンフー映画の修業シーンや、『ロッキー』(1976年)のトレーニングシーン級に「映画にとって大切な場面」として描かれている『モンキーマン』の修業シーンには、パテルの並々ならぬ想いが篭っている。
「トレーニングシーンのモンタージュは、昔から大好きだった!」と語るパテルが好きなトレーニングシーンは、『ロッキー』シリーズ、そのスピンオフ映画『クリード』シリーズ(2015年~)だという。
「脚本を書いていた時、僕は自分の映画でロッキー・バルボアの素晴らしいトレーニング・モンタージュに敬意を表したいと思っていました」と語るパテルだが、ここでも彼ならではの斬新すぎるアイデアがスパイスされる。
インドは音楽と深い関わりがあるので、インドで最も古い芸術の一つがインド古典音楽だと思い、古典音楽を取り入れたトレーニングシーンにしたいと思ったんです。
こうして修業シーンに、パテルならではの他のアクション映画とは違う要素がスパイスされた。それは、タブラと呼ばれるインドの太鼓の演奏のリズムに合わせて、キッドが麻の米袋でできたサンドバックを攻撃するシーンだ。
最初は怒りにまかせて米袋をやみくもに殴るだけのキッドだが、奏者が叩くタブラのリズムに合わせて攻撃することで、徐々にリズミカルな攻撃スタイルを身につけるようになる。このシーンは言葉を使わず、太鼓のリズムに合わせることによって楽器をチューニングするかのように、完璧な殺人マシンに変貌してゆく……という、パテルのセンスが炸裂したエキセントリックかつカッコいい修業シーンになっている。
『モンキーマン』のトレーニングシーンを切り取って、YouTube動画にする人もいるでしょうね(笑)。
この修業シーンは、ジュガルバンディ(JUGALBANDI)と呼ばれる、フリージャズに似たインドの即興演奏が元になっている。ジュガルバンディは異なる楽器同士だけでなく、音楽と舞踏のコラボもあり、相手の奏でるストーリーを読み取り、寄り添い合うことが特徴だという。ちなみに本作の修業シーンで太鼓を担当するのは、インドでは伝説的なタブラ奏者であるザキール・フセインという方です。
このように彼の様々な熱い想いが詰まった『モンキーマン』について、パテルはこう語っている。
僕はただ、14歳の頃の自分が観たら興奮するようなアクション映画を作りたかったんです。この映画は弱者への賛歌。何度失敗しても挑戦することをあきらめない、弱者を応援する映画なんです!
僕からも付け加えさせてもらうと、『モンキーマン』は、 「あなたがアクション映画で演じることができるのはコメディリリーフの脇役か天才ハッカーぐらいです」というハリウッドの固定観念に何度潰されそうになっても抗い続けて、傷だらけになっても撮影をあきらめず、ついにはバイオレンス満載の格闘アクション映画の主演スターとなったデヴ・パテルの“戦い”が記録された、弱者への応援歌です!
文:ギンティ小林
『モンキーマン』は2024年8月23日(金)より大ヒット公開中
『モンキーマン』
たった一つの小さな残り火が、すべてを燃やし尽くす。
幼い頃に母を殺され、人生の全てを奪われた〈キッド〉は、夜な夜な開催される闇のファイトクラブで猿のマスクを被り、〈モンキーマン〉を名乗る“殴られ屋”として生計を立てていた。
どん底で苦しみながら生きてきた彼だったが、自分から全てを奪ったヤツらのアジトに潜入する方法を偶然にも見つける――。
何年も押し殺してきた怒りを爆発させたキッドの目的はただ一つ「ヤツらを殺す」。
【復讐の化神〈モンキーマン〉】となった彼の、人生をかけた壮絶なる復讐劇が幕を開ける!
監督・脚本・主演:デヴ・パテル
プロデューサー:ジョーダン・ピール(『ゲット・アウト』『NOPE/ノープ』)、バジル・イワニク(『ジョン・ウィック』シリーズ)、エリカ・リー(『ジョン・ウィック』シリーズ)
制作年: | 2024 |
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2024年8月23日(金)より大ヒット公開中