胸糞セクハラ・スリラー映画の新たな傑作『ロイヤルホテル』は何が“怖い”のか?女性旅行者の心身を蝕む盛り場の狂乱と腐敗の根源

「ハラスメント」が与えるホラー映画以上の恐怖とトラウマ
馴染みのない旅先で共感ポイントが見出だせない人々の恐怖に怯える――という構図は、まるで『悪魔のいけにえ』(1974年)だ。周囲は見渡すかぎりの砂漠地帯で、逃げ場もない。しかしハンナとリブは、古典的なホラー映画のヒロインのようにパニック状態のなかジタバタと抵抗するだけでなく、明確な意思を持って“決断”をする。

『ロイヤルホテル』© 2022 Hanna and Liv Holdings Pty. Ltd., Screen Australia, and Create NSW
当然ながら最もキツいのは、そこに至るまでの過程だ。さすがに後ろからハンマーで殴られたり人骨で作った家具が並んでいたりするわけではないが、2人の目に映るもの全てが“どこかで見たことのある”生理的嫌悪を催させ、否応なしに感情移入させられてしまう。しかも昼間は黄みがかった、夜は緑がかったフィルターで曇ったように覆われていて、私たちも思考が淀んだように錯覚させられる。

『ロイヤルホテル』© 2022 Hanna and Liv Holdings Pty. Ltd., Screen Australia, and Create NSW
物語の中盤手前くらいまではロマンス展開もワンチャンあるのでは? などと一瞬思わせるのだが、それも主体性が奪われた結果でしかない。やがて積み重ねられた不穏さが一気に崩壊し、彼女たちが“獲物”であることもわかる。メイン舞台はパブ店内なので様々な客がいるわけだが、2人の決定的な忌避感のトリガーとなる存在も浮かび上がってきて……という展開に、へなへなと力が抜けるような感覚すら覚える。

『ロイヤルホテル』© 2022 Hanna and Liv Holdings Pty. Ltd., Screen Australia, and Create NSW
やや性急な結末は“リベンジ映画”としては賛否が分かれるところかもしれないが、正直これ以上なにを「見せろ」というのだろうか? 物語終盤、慰め合いぶつかり合いながらも気丈に振る舞っていたハンナとリブの表情の変化に気づき、ハッとさせられる。ナイフの切っ先を突きつけるようなチクチクとしたハラスメントの数々によって、彼女たちの心はすでにズタボロだったのだ。

『ロイヤルホテル』© 2022 Hanna and Liv Holdings Pty. Ltd., Screen Australia, and Create NSW
「いま世界中で起こっている現実」という身近すぎる恐怖
本作を観て改めて痛感するのは、もはやセクハラやパワハラはサスペンスどころか、スリラーやホラーの題材として十分すぎるほどの<悪>であり、心身を凌辱される<恐怖>なのだということ。それらをテーマにする以上、いわゆる“胸糞”な映画になることは避けられないが、そもそも今この瞬間にも世界中でバリバリ起こっている<現実>なのだということに、何よりも精神を削られる。これは『アシスタント』の後味と同じだ。

キティ・グリーン監督、ジュリア・ガーナー
『ロイヤルホテル』撮影メイキング © 2022 Hanna and Liv Holdings Pty. Ltd., Screen Australia, and Create NSW
私たちがハラスメント満載の世界で生きていられるのは、ただ単に“見ないように”しているからではないか。ひとたびターゲットになってしまえば、目を背け続けるのにも限界がある。プライバシーな部分に無遠慮に伸びてくる手、穢らわしい言葉の数々……。人の尊厳を奪い、自信を失わせ、意のままにコントロールしようとする行為は犯罪であり、それに抵抗しなければ/逃げ出さなければ、私たちの日常は今すぐにでも崩壊する。

キティ・グリーン監督、ジェシカ・ヘンウィック、ジュリア・ガーナー
『ロイヤルホテル』撮影メイキング © 2022 Hanna and Liv Holdings Pty. Ltd., Screen Australia, and Create NSW
もちろんあらゆるハラスメントに反対の声をあげ、加害者や協力者、そして周囲の無関心と日々戦っている人々もいる。とはいえ日常的に反対の声をあげ続けるのは簡単なことではなく、社会的な犠牲が大きいことも言うまでもない。さらに被害者として告発する側ともなれば、その苦渋は計り知れないだろう。

ジェシカ・ヘンウィック、ジュリア・ガーナー、キティ・グリーン監督
『ロイヤルホテル』撮影メイキング © 2022 Hanna and Liv Holdings Pty. Ltd., Screen Australia, and Create NSW
『ロイヤルホテル』が投げかける、拒絶と妥協、否定と許容、その狭間にある落とし穴。この社会はなぜかハラスメントに優しい構造になっている。ハンナとリブが下す決断は観客の溜飲を下げてくれるかもしれないが、それは限定的なシチュエーションにおける問題(構造)を破壊するための、本当に最後の手段でしかない。
『ロイヤルホテル』は2024年7月26日(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国順次公開