撮影に5年を要した“ベトナム初”の本格ゴア映画
監督のレ・ビン・ザンは、『Kfc』を映画学校の卒業制作にしようとしたが拒否されてしまった。あまりにも脚本の内容が残酷だったからだ。本作が“ベトナム初のゴア映画”と言われていることから、当時そんなレスポンスを受けたのも当然のことだろう。
しかし、ジアン監督は映画学校の卒業をかなぐり捨てるほど本作に入れ込み、5年の歳月をかけて『Kfc』を完成させた。そして、アジア映画界方々で散々拒絶されながらも、2017年の<ファイブ・フレーバーズ・アジアン・フィルム・フェスティバル>で最優秀映画賞にノミネートされ、同年の<アジアン・ネクストウェーブ・コンペティション>でも最優秀映画賞にノミネートされた。
🩸🍖𝑫𝑰𝑹𝑬𝑪𝑻𝑶𝑹🍖🩸
◤レ・ビン・ザン Le Binh Giang◢1990 年ベトナム、ニャチャン生まれ。
映画大学で『Kfc』の脚本が暴力的すぎると卒業が許可されず中退。
完成後ロッテルダム国際映画祭他多くの映画祭に選出。
独立系映画学校を創設し、若手映画制作者の育成にも力を注ぐ。#映画Kfc pic.twitter.com/5NsqoWWHG1— 映画『Kfc』公式【7.20解禁】 (@kfc_movie) June 21, 2024
レ・ビン・ザン監督は5年という長期間にわたった撮影による影響を懸念していたようだが、本作からは経年による違和感は感じられない。とはいえ彼の懸念は当然のことだ。映画にしろ音楽にしろ文章にしろ、何かに対する情熱は突発的に現れ、ひらめきの瞬間のメッセージを伝える必要がある。つまり鮮度を保った状態で世に出すのが好ましいからだ。
しかし、『Kfc』からは時間の経過の影響はあまり無いように見受けられる。やはり、強烈な残酷描写、そして暗く絶望の連鎖を醸すような照明を使用することで、観客を地下牢に閉じ込められたような感覚に陥れ、陰鬱な内容にさらなる深みを与えているからだろう。ただ、残念な点もある。編集だ。
本作は異なる時間軸を行き来し、同じキャラクターを違った状況で描いている。何の前触れもなく時間軸を行き来するため、映画の後半まで、非線形の形式で物語が紡がれていることが分からない。初見の観客が混乱するのは当然だ。それ故、多くの観客は「確かにグロテスクだが、さっぱりわからん!」と思ってしまうのだ。
海外評でも、奇妙な時間軸の移動による混乱のおかげで物語の主軸が理解されず、「小学生が思い付いたような話だ」などと言われていたりもする。ところが何度か鑑賞すると、残酷描写だけが際立って見えた『Kfc』が、アート映画のように思えてくるのだ。
ゴア描写から滲み出る仏教的概念と、吐き気に耐えてでも観たい理由
メインに据えた裏社会の退廃的な雰囲気。時間軸をこねくり回して表現する復讐の輪廻。さらには仏教的概念で捉えた場合、本作で食される”舌”や”腋”に意味を見いだせる。
作中、「ドラえもん」単行本の“スネ夫が閻魔様に舌を抜かれる”コマが登場するが、これは“罰”の意味合いではないか(ベトナムでも「ドラえもん」の漫画は人気があり、老若男女が知っている)。
そして“腋”を引き剥がす行為は、お釈迦様が母・摩耶夫人の右腋から誕生したことから発想されたと考えられないだろうか。そう考えると、彼らの行為は信仰や生命における根源的なもののようにも思えてくる。
さらに、露悪的なエロティシズムや極端な肥満体型、厭世観と宗教観、そして道化師的キャラの存在、考えるのではなく感覚で物語を追わせるような構成……。これらを鑑みると、レ・ビン・ザン監督は“アート・ゴア界のフェデリコ・フェリーニ”なのではないだろうか?
もしかすると、本作の露悪的な残酷描写を観て、貴方は吐いてしまうかもしれない。二度と観たくないと思うかもしれない。しかし、そこを押して何度か観てみてほしい。なにしろ本作の上映時間はたったの68分。しかも、世界的に上映禁止をくらった作品ときている。そんな映画を劇場で観られる機会はそうそうない。
せっかくだから吐き気を我慢して、本作の”アートな”ゴアぶりを堪能してみてはいかがだろうか?
『Kfc』は2024年7月20日(土)よりシアター・イメージフォーラムほか全国順次公開