「ジョナサン・グレイザー監督『アンダー・ザ・スキン』に影響を受けた」
―「血を必要としてはいるが、狩猟本能の欠落した若い吸血鬼」であるサシャの存在は、「他者への共感力が強く、国や民族や宗教に関係なく虐げられる人々に同情し、環境保全活動にも熱心な10~20代の若者たち」のメタファーでもあるのでしょうか? あるいは、もっとシンプルに「なかなか実家から自立できない若者」という見方もできると思いました。
監督:吸血鬼は、私たちが生きる社会について議論することができる、そして自由に創作することができる余白を与えてくれた、素晴らしい遊び場であったと思います。私の考えたメタファーが、多くの人によって様々に解釈されていることを嬉しく思っています。例えば、クィアであることをカミングアウトすることの比喩だと言ってくれる人もいれば、食肉産業に対するコメントだと言ってくれる人もいました。いずれにせよ、共感と、自分自身に忠実なまま他者から理解される必要性についての物語として、常に観客の人々と共鳴しているようです。
―サラさん個人の演技や、この映画全体の雰囲気作りのために参考にした映画やドラマ、アニメはありますか?
サラ:アリアーヌ監督が本作を作る上でインスピレーションを得た、または、彼女が純粋に好きな吸血鬼の映画を私たちに教えてくれました。『ザ・ヴァンパイア ~残酷な牙を持つ少女~』(2014年/監督:アナ・リリー・アミールポアー)や、『ぼくのエリ 200歳の少女』(2008年/監督:トーマス・アルフレッドソン)、『オンリー・ラヴァーズ・レフト・アライヴ』(2013年/監督:ジム・ジャームッシュ )などです。そしてこれらの映画には、共通項があることに気づきました。作品によって吸血鬼のキャラクターは大きく異なると思いますが、その根底にあるエネルギー、つまり吸血鬼が持つ “異質さ” は不変だと思います。
ただ、特に参考にした映画はアリアーヌ監督が紹介してくれた、ジョナサン・グレイザー監督/スカーレット・ヨハンソン主演の『アンダー・ザ・スキン 種の捕食』(2013年)でした。地球にやってきたエイリアンについての話です。私はこの映画から多くのインスピレーションを得ていて、サシャの身体的表現を考える際、大いに役立ちました。ヨハンソンが演じるエイリアンの身体表現を分析することは楽しかったです。何が人を少し奇妙に感じさせるのかを理解しようと、観察することが面白かったですね。
監督:『ハンガー』(1983年/監督:トニー・スコット)や、『ザ・ヴァンパイア』、『オンリー・ラヴァーズ~』は芸術的なスタイルと、不死や疎外感といった実存的なテーマと融合させていて、私の物語作りに大きな影響を与えました。『アンダー・ザ・スキン』にも、とても影響を受けています。疎外感に対するユニークなアプローチとその心に残る妖しげな雰囲気は、自分のプロジェクトで似通ったテーマを探求する際の方法を大きく形作ってくれました。
「脚本さえ面白ければ、どんなキャラクターでも面白くなると思う」
―あなたが素晴らしい存在感を示した『ファルコン・レイク』は日本でも公開され、その年のフェイバリットの一つに挙げるファンも多くいます。『ファルコン・レイク』は、あなたのキャリアにどんな影響を与えましたか?
サラ:『ファルコン・レイク』での撮影現場での経験や、そこで出会った人々が、私のキャリアに影響を与えています。私にとって、この職業は人と人とのつながりが大切であり、それが私の心に最も栄養を与えてくれるものになっています。心が満たされたり、栄養が与えられたりすることで、自分の演技や感情をさらに深く掘り下げることができるようになるんです。『ファルコン・レイク』は、そのことを描いていました。
人とのつながりといえば、監督のシャルロット・ル・ボンとの出会いが思い浮かびます。芸術的で、気さくな人柄を感じた素晴らしい出会いでした。彼女と一緒に仕事をしたことで、私は多くのことを学びました。
―すでに長編4作に出演しているあなたは、微妙な表情の変化と少しのボディランゲージで多くのことを表現できる俳優です。今後どんな作品に挑戦してみたいですか? もしくは、すでに進行中のプロジェクトはありますか?
サラ:いつか演じてみたい特定のキャラクターやシチュエーションがあるわけではありません。私はインスピレーションを与えてくれる脚本を見て、演じたいと考えます。脚本さえ面白ければ、どんなキャラクターでも面白くなると思います。だから、将来やってみたい特定のことはありません。あるとすれば、面白いストーリーの作品で、魅力的な人たちと仕事をしたいという想いです。
幸運なことに、今後はケベックの長編映画に出演することが決まっており、2024年の夏の終わりまで撮影が続く予定です。この作品は3姉妹の絆を描いたもので、私は深刻な病を患う、人生の劇的な変化に直面する少女を演じることになっています。今の時点でこれ以上のことはお話できないのですが、楽しみにしていてください。
サラ「役所広司さんの、独特の深みのある優しいまなざし。本当に魅力的な俳優」
監督「『鉄男 TETSUO』は最も興味をそそられ、心をかき乱された作品のひとつ」
―他人を想う気持ちと吸血鬼として生きなければならないジレンマが、最終的に「人間性」に帰結するクライマックスは、とても痛快でした。多くの映画ファンはサシャとポールに対してオタク的な親近感が湧くでしょうし、ビジネスのアイデアとしても非常にスマートです。本作は「吸血鬼映画」の新しい方向性を示していると思いますが、監督として最も大事にした部分はどこでしょうか?
監督:映画作りの最終的なゴールは、多様な感情や視点を共有することで、つながるという感覚を育むことだと私は思っています。それによって対話が生まれ、私たちの根底にある共通点が浮き彫りにされて、トラウマを癒したり、人々をひとつにすることができる映画の力が発揮されるのです。作り手としても、また観客としても、これが私にとっての映画、というものです。
映画監督として、本作で最も評価できる点は、観客が登場人物との親密なつながりを感じられる、魔法のような瞬間を作り出せた点です。登場人物と観客の間だけに存在する、プライベートな、時間が止まったように感じる瞬間を生み出すシーンを作ることが全てだと思います。この観客と深くつながることのできる映画こそ、私が作ろうと努めているもので、そういった瞬間を生み出すことができたとき、映画監督として最もやりがいを感じますね。
―お気に入りの日本映画、もしくは最近観た日本映画で印象的だったものはありますか?
サラ:若い頃から、いくつかの日本映画に大きな影響を受けていて、今でもなお私の心に響き続けています。深く心奪われた、大切な映画たち……。地球上の誰もが話すことですが、スタジオジブリと傑作アニメーションの数々について語らずにはいられません。『平成狸合戦ぽんぽこ』(1994年)や、『天空の城ラピュタ』(1986年)などが思い浮かびました。アニメといえば、今敏監督の『PERFECT BLUE パーフェクト ブルー』(1998年)や『東京ゴッドファーザーズ』(2003年)も本当に素晴らしいですね。
アニメーション以外では、黒沢清監督の『CURE キュア』(1997年)が印象に残っています。役所広司さんは素晴らしい俳優だと思います。最近では『PERFECT DAYS』(2023年/監督:ヴィム・ヴェンダース)、そして周防正行監督の『Shall we ダンス?』(1996年)でも、その姿を拝見しました。独特の深みのある優しいまなざし。本当に魅力的な俳優だと感じます。
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監督:私の好きな日本映画は『タンポポ』(1985年/監督:伊丹十三)です。ユーモアと、映画的表現が素晴らしいと思います。最近の作品では、『万引き家族』(2018年/監督:是枝裕和)が印象に残っています。深く心を揺さぶるストーリーと、俳優たちの素晴らしい演技に深く感動しました。特筆したいのは、『鉄男 TETSUO』(1989年/監督:塚本晋也)です。この作品は、これまで観た中で最も興味をそそられ、心をかき乱された作品のひとつです。
『ヒューマニスト・ヴァンパイア・ シーキング・コンセンティング・ スーサイダル・パーソン』は2024年7月12日(金)よりヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国順次公開