恐ろしい神の怒り、ナラシンハ神の物語
夜叉の王ヒラニヤカシプは熱心なシヴァ神の信徒で、苦行により「昼にも夜にも、地上でも天空でも、屋内でも野外でも殺されない/鳥・動物・樹木・虫によっても、武器・言葉によっても、天人・神・夜叉・人・その他ブラフマー神によるどんな被造者によっても殺されない」という恩寵を授かります。実質的に不死となった彼は、天界・地上で狼藉の限りを尽くします。
Behold the majesty!
Kannada cinema icon Dr. Rajkumar embodying Hiranyakashipu 🔥 pic.twitter.com/zvRwrn2lJV
— India Wants To Know: India’s First Panel Quiz Show (@IWTKQuiz) March 24, 2024
思い通りにならないものは何もないヒラニヤカシプですが、息子のプラフラーダだけは、なぜか生まれた時からヴィシュヌ神を信仰し、シヴァ神を一顧だにしません。息子の改宗を試みては失敗を重ねたヒラニヤカシプは、我が子を殺す覚悟で問い詰めます。
「そなたが帰依するヴィシュヌが宇宙に遍在するというのなら、この宮殿にもいるというのか、私の目の前のこの柱の中にもいるというのか」
この問いに「然り」と答えるプラフラーダ。ヒラニヤカシプが怒りに任せて棍棒で柱を叩き割ると、そこからヴィシュヌの十化身の一つである人獅子ナラシンハ(人間の体にライオンの頭部をもつ神格)が躍り出てヒラニヤカシプを捕まえ、その体を膝の上に抱え手で腹を切り裂いて貪り喰らいます。ヒラニヤカシプは「黄昏時に、ナラシンハの膝の上で、宮殿の柱廊で、人獅子によって、素手で」殺されたのです。
禍々しい薄明の領域に魅せられて
最高神ヴィシュヌの化身が勝利する物語でありながら、このエピソードが数ある神話譚の中でも群を抜いて不吉で禍々しく陰惨な印象を与えるのは、昼でも夜でもない薄明の領域が舞台であること、溜めに溜めた神の怒りが一気に爆発し悪人に悔い改める暇すら与えない酷たらしい死をもたらすことにあるのでしょう。そして、境界線上にある曖昧なものが持つ得体の知れない恐ろしい力という、原始的な神話世界に多く見られるモチーフがそれを補強します。
鬱勃とした力が絶えず生起する悪夢のような冥い世界で、極限まで抑制された怒りの感情が堰を切って噴出する瞬間を巨大なスケールで描きたい――プラシャーント・ニール監督のオブセッションといってもいいイメージが『SALAAR/サラール』でどのように表現されるかは、重要な見どころと言っていいでしょう。
『SALAAR/サラール』は2024年7月5日(金)より新宿ピカデリーほか全国ロードショー
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『SALAAR/サラール』
1985年、先祖代々盗賊を生業にする部族によって建てられた国カンサール。王ラージャ・マンナルの第二夫人の息子ヴァラダは、第一夫人の息子ルドラに名誉と権力の象徴である鼻輪を奪われてしまう。ヴァラダの親友デーヴァは、ヴァラダのために闘技場の試合に挑み、みごと鼻輪を取り戻す。
しかし国内で部族間の争いが発生し、デーヴァの母親が窮地に陥る。駆けつけたヴァラダは自らに与えられた領地と引き換えにデーヴァの母親を救い、デーヴァは母親とカンサールを去って身を隠すことに。デーヴァは別れ際に、ヴァラダに「名前を呼べば、必ず駆けつける」と誓いを立てる。
25年後、ラージャ・マンナルがカンサールを留守にしたことから、国全体を揺るがす抗争が勃発。かつて領地を投げ出したことで権力の座から遠ざけられていたヴァラダは、ついに親友デーヴァを迎えにいき、王座をめぐる争いに身を投じる決意をする。しかしデーヴァのある秘密が、ふたりの友情を引き裂き、カンサールにさらなる激震を引き起こす……。
監督・脚本:プラシャーント・ニール
出演:プラバース、プリトヴィラージ・スクマーラン、シュルティ・ハーサン、ジャガパティ・バーブ、イーシュワリ・ラーオ、シュリヤー・レッディ
制作年: | 2023 |
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2024年7月5日(金)より新宿ピカデリーほか全国ロードショー