おもしろヒゲおじさんことニック・オファーマンが元バンドマンの親父を好演!
『ハーツ・ビート・ラウド たびだちのうた』というタイトルからは『スパイナル・タップ』(1984年)や『アンヴィル! 夢を諦めきれない男たち』(2009年)のようなアツい音楽ド(モ)キュメンタリーを想像してしまうかもしれない。しかし、本作は“『ハイ・フィデリティ』(2000年)ミーツ『はじまりのうた』(2013年)”とでも例えたくなる、じっくり感動できる音楽ヒューマンドラマだ。
主演は、日本ではほぼ無名に近い俳優ニック・オファーマン。ざっくり説明すると、米人気シットコム「パークス・アンド・レクリエーション」の超仏頂面だが言動がいちいち面白いロン・スワンソン役で大ブレイクしたずんぐりむっくりのおじさんで、本国では「顔を見るだけで笑ってしまう」と称賛(?)されている俳優である。近年では『ファウンダー ハンバーガー帝国のヒミツ』(2016年)でトレードマークの口ひげを剃り落とし、マクドナルド兄弟の弟ディックを演じていた。
そんなオファーマンが『ハーツ・ビート・ラウド』で演じるのは、NYブルックリンの海辺の街レッドフックでレコードショップを経営する元バンドマンのシングルファザー、フランク。医学部を目指す一人娘サム(カーシー・クレモンズ)の大学進学を機に17年間がんばってきた店をたたむことを決意したものの、どうにも気持ちの整理がつかない。そんなとき、父娘の日課としてきた遊び半分のジャムセッションでかなりイイ感じのい曲ができてしまい、気を良くしたフランクが勝手に曲をSpotifyにアップしたところ、想像以上の反応があって……というのが物語の導入だ。
音楽ネタだけじゃない! 風通しの良い自然なLGBTQ描写
案の定、再びバンドをやりたいフランクと医学部進学に向けて勉強したいサムはぶつかるのだが、秀才の娘が親父とのバンド活動よりも勉強を優先するのは当然である。
ただし、音楽と映画がどっちも好きな観客にとっては、いきなりジェフ・トゥイーディー(WILCO)が息子スペンサーと結成したTWEEDYのYouTube動画が映ったり、フランクの店舗の大家で常連でもあるレスリー(トニ・コレット)が故ジェイソン・モリーナ(Songs: Ohia)の「Captain Badass」を聴いて「この曲マジで良いわね」なんて言ったりするシーンがバシバシ入ってくるので、そっちのほうに気を取られてしまうかもしれない。ちなみにジェフは後半にカメオ出演もしているのでお見逃しなく!
他にも、カラオケで歌うのがChairliftの「Bruises」だったりするところから察するに、監督や音楽担当者はインディー音楽が好きな人なんだろうなあとか想像していたら、サントラを手がけるキーガン・デウィットはナッシュビルで活動するWild Cubというバンドのメンバーだったりして、色々と納得。劇中で親子が共作する「Hearts Beat Loud」もデウィットが手がけたものだそうだ。
少しハスキーな瑞々しいボーカルを披露しているクレモンズは、映画デビュー作『DOPE/ドープ!!』(2015年)でレズビアンの女子高生を演じた期待の若手女優で、自身もレズビアンを公言している。本作のサムは女の子と交際する役柄で、恋人ローズを演じるサッシャ・レインもバイセクシャルであることをカミングアウトしている。
そんな二人がイチャイチャするシーンは猛烈にかわいらしくて、周囲の眼差しも優しい。こういったナチュラルなLGBTQ描写は、この先どんどん当たり前のことになっていくだろう。
どんな家族にも訪れる“旅立ち”の瞬間を音楽に乗せて軽やかに描く
当然ながら、本作には“音楽映画あるある”的な小ネタが随所に盛り込まれていて、Sleater-Kinneyの「Dig Me Out」やAnimal Collectiveの「Merriweather Post Pavilion」がフランクのオススメ盤として会話に出てきたりと、USインディー音楽が好きならばニヤリとさせられること間違いなし。店内ではLA発のドリーム・ポップ・ユニットOddnesseが流れていたりして、劇中の父娘バンド、その名も“We’re Not A Band”の音楽性はこっちのほうに近いかもしれない。
また、ローズがサムに「聴いてみてよ」とオススメする「Your Best American Girl」を歌うMitskiは、いま大ブレイク中のシンガーソングライター。ヒップホップやEDM全盛の時代に「なんかバンドっていいよね」「バンド組みたい!」と思っている若者たちのアイコンとなったことが、日系アメリカ人のMitskiが世界中で大ヒットした理由の一つだろう。
ソロの弾き語りでも観客を魅了することができる優れたソングライターのMitskiはバンド編成でもプロミティブさを失わないので、「私(僕)たちにもできるかも?」と思わせてくれる存在でもある。劇中、バンド活動に乗り気ではなかったサムが、彼女のライブ動画を見て大いに影響を受けてしまうのも納得だ。
ちなみに名優テッド・ダンソンがフランクの旧友デイヴを演じているのだが、彼の経営するバーに飾られている舞台のポスターは実際にダンソンの役者デビュー作品だったりするなど、音楽ネタ以外でも芸が細かい。
どこか大人(父親)になりきれていなかった中年男性と、希望に満ちた未来に向かって走り出さんとする娘。その間に立ちはだかっていた壁を超えて、唯一つながり合える手段/場所として“バンド”があった……。
等身大の家族の苦悩や成長を描いた本作は、幅広い世代に優しい余韻を与えてくれる普遍的な物語なので、ぜひ大切な人と一緒に劇場で鑑賞してほしい。
『ハーツ・ビート・ラウド たびだちのうた』は2019年6月7日(金)よりヒューマントラストシネマ渋谷、新宿シネマカリテほかロードショー
『ハーツ・ビート・ラウド たびだちのうた』
二人でひとつの人生から、それぞれの人生へ ―― 今夜“たびだち”のLIVE開催します!
ニューヨーク、ブルックリンの海辺の小さな街、レッドフック。元バンドマンの父と、LAの医大を目指す娘。やがて二人に訪れる、新たな一歩のための人生の決断。
制作年: | 2018 |
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監督: | |
音楽: | |
出演: |