ポン・ジュノが認めた新鋭監督の長編デビュー作
果たして『スリープ』はホラー映画なのだろうか? そんな疑問が沸く。
なぜなら、本作で描かれるのは結婚生活のトラブルに対する“夫婦のあり方”だと感じたからだ。
生魚や生卵をモリモリ喰らい、リビングで放尿し、本当に寝ているのか? と思うほど暴力を振るう夢遊病の夫。そんな夫に頭を抱え、神経症気味になりスピリチュアルに傾倒していく妻。
スクリーンに映し出される奇っ怪な現象は、まごうこと無きホラー映画そのもの。しかし、夫婦が怪異に向き合う姿勢からは「なんとか、この苦境を二人で乗り切っていこう」という気迫を感じる。
もしや『スリープ』は“ラブストーリー”なのではないか? 結婚生活の不安を極端に映像化したものではないか?
例えば『ババドック~暗闇の魔物~』(2014年:ジェニファー・ケント監督/オーストラリア)もそうだったが、生活における不安を怪物や心霊現象に置き換えた作品は、ジャンルを超えた印象を残すのだ。
一体、この映画はなんなのだろう?
Zoom越しに現れたユ・ジェソン監督は、和やかに「こんにちは!」と日本語で挨拶をしてくれた後、笑顔で『スリープ』の“正体”を語り始めた。
「夢遊病について、色々な資料を調査したんですが……」
―本編を観るまでは「眠り」や「結婚」が怖くなるようなイメージがあったのですが、実際拝見してみると歪んだラブストーリーに思えました。監督は、ホラー映画を意識して制作したのでしょうか?
最初は「夢遊病」をテーマにした面白い映画が作れないかな? と思っていたんです。でも、ちょうど僕は長年お付き合いをしていた女性との結婚を控えていて、少しナイーブかつロマンティックな気持ちになっていました。だから夫婦を主人公に据えて脚本を書いていったんです。だから、夫婦が力を合わせて苦難を乗り切ろうとする物語になった。なのでホラーというより……ラブストーリーでしょうか。
―夫婦の物語というと、“夫婦間で争う”物語が多いように感じますが、本作はあくまで協力し合っていますね。
当時は、結婚生活にロマンを感じていたんですよ。やっぱり夫婦は争うのではなく、協力して何かを乗り切ってほしい。『スリープ』には、「夫婦はどうあるべきか?」という問いかけがあります。そして僕なりの答えも提示しているつもりです。
―あの、これは失礼な質問かもしれませんが、監督はまだ新婚でいらっしゃいますよね? 実際、結婚されてみていかがですか?
韓国の映画祭で『スリープ』を上映したときにも似たような質問をされましたよ(笑)。僕は結婚して2年目になるんですが、本作で提示した僕なりの“正しい夫婦像”は、いまだ確固として有効だと思っています。でも、まだ2年目だから、10年、20年と時が過ぎたら、どうなるかわからないですね(笑)。とにかく、今はとても幸せな結婚生活を送っていますよ。
―それはよかった!(笑)。さて、本作のように極限まで追い詰められるようなトラブルに直面した場合、「なぜ家を出ていかないんだろう?」と思う観客もいるかと思います。そこで気になったのは、劇中で「いつも一緒に」という標語が頻繁に映し出されることです。これは観客に疑問を抱かせないようなギミックなのでしょうか?
あの言葉は意図的に用意したわけではないんですよ。それから最初に言ったとおり、『スリープ』は夢遊病映画としてスタートした。そこで色々な資料調査をしたんです。すると、劇中で登場させたような夢遊病対策がたくさんありました。例えばベッドに縛りつけたり、別室に閉じ込めたりとか。でも、不思議と「別居」はほとんどなかったんですよ。夫婦でどうにかしていく、という事例が多かったんです。なんだか安心しました。
―安心したということは、監督の思う夫婦像と近かったということでしょうか?
実は『スリープ』の夫婦は、僕たち夫婦のキャラクターを反映させているんですよ! さっき意図的ではないと言った「いつも一緒に」の評語は僕の妻の座右の銘で、耳にタコができるほど聞かされていたから無意識的に取り込んだのかもしれません。とにかく、妻は2人で乗り切ることが大事と考えていて、どんな困難も「2人で一緒にいて、そして実行することが大事」と、いつも言ってくれているんです。
『スリープ』を観た観客から「どうして別居しないんだろう?」とか「離婚しないんだろう?」といった意見はよく聞かれるけれど、僕の答えは本作で示した通りです。
―私的な話で恐縮なのですが、私の妻も「出ていかない」と言っていました。それから……結婚して25年以上になりますが……なんとかなりますよ!
長いですね!(日本語で)おめでとう! あなたのことをリスペクトしますよ。
『スリープ』
出産を控え、幸せな結婚生活を送るヒョンス(イ・ソンギュン)とスジン(チョン・ユミ)。ある夜、隣で眠る夫ヒョンスが突然起き上がり「誰か入ってきた」と呟いた。その呟きに呼応するように家を覆い尽くす不穏な気配…。翌朝、下の階に越してきた住人から「明け方の騒音が1週間も続いて、我慢できない」と相談をされるも全く身に覚えがなかった。少しの違和感を抱きながらも夜を迎えたその日から、眠りにつく度にヒョンスは人が変わってしまったかのように奇行を繰り返す。頬を掻きむしる。生魚を丸呑みする。窓から身を乗り出す。その異常行動は日を追う毎にエスカレートしていく。得体の知れない“それ”に恐怖を感じ、怯えながら夜を過ごす夫婦は睡眠クリニックの受診を決意するが、スジンは母から超自然的な力に頼るべきだと、巫女から手に入れた御札を渡される。果たして “それ”は医学で克服できるものなのか、それともー。
脚本・監督:ユ・ジェソン
出演:チョン・ユミ イ・ソンギュン
制作年: | 2023 |
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2024年6月28日(金)よりシネマート新宿ほか全国公開