西部にこだわる俳優 兼 映像作家トミー・リー・ジョーンズ
トミー・リー・ジョーンズが缶コーヒーを日本で宣伝している宇宙人ジョーンズだと思っている人に、ぜひ観てほしい西部劇。いや、西部劇というより、アメリカ開拓史の闇を描く堂々たる歴史劇であり、人間の成長ドラマだ。
アメリカ開拓期ネブラスカ準州の小さな集落。荒野での生活になじめず精神を病んだ女性3人を東のアイオワ州の教会へ送ることになる。送り届け役=「ホームズマン」に選ばれた独身女性メアリー(ヒラリー・スワンク)は、空き家に住み着いていて縛り首になりそうだった小悪党ブリッグス(トミー・リー・ジョーンズ)を助手に雇うと、ラバ2頭に引かせた馬車で400マイルの旅に出る……。
原作は、ジョン・ウェインの遺作『ラスト・シューティスト』(1976年)で知られる作家グレンドン・スウォーサウトが1988年に書いた西部小説「ホームズマン」。スウォーサウトといえば、カーペンターズの主題歌が有名な『動物と子供たちの詩』(1971年)も彼の小説の映画化だ。社会派映画の名匠スタンリー・クレイマーが製作・監督したニューシネマ的青春+動物愛護映画の傑作で、“落ちこぼれの少年6人”が“虐殺されてしまうバッファロー”を解放するために西部を旅をする話。“オールドミスと小悪党”が“3人の精神を病んだ女性”を運ぶ本作と、どこか通じるものを感じざるを得ない。
トミー・リー・ジョーンズは、クリント・イーストウッドよりもアメリカの西部にこだわる俳優 兼 映像作家だ。初監督作のテレビ映画『ワイルド・メン』(1994年)、カンヌ映画祭で男優賞と脚本賞を受賞した劇場用映画監督デビュー作『メルキアデス・エストラーダの3度の埋葬』(2005年)に続くこの監督第3作も西部劇で、第67回カンヌ映画祭にコンペティション出品された(受賞はならなかった)。日本では2016年に京都ヒストリカ国際映画祭で原題どおり『ホームズマン』として上映されたが劇場公開は見送られ、『ミッション・ワイルド』の題でDVD発売された。安っぽいアクション映画のような邦題だが、「ミッション」には“布教”という意味もあるので、あながち的外れではないのかもしれない。
西部開拓史の恥部を描いていることでアメリカ国内だけで資金調達できなかったのか、製作にはリュック・ベッソンの<ヨーロッパ・コープ>が加わり、アメリカ・フランス合作になっている。
ヒラリー・スワンク&メリル・ストリープ母娘の名演も見逃せない
西部を開拓したヨーロッパ移民たちの中で、過酷な環境に耐えかねて精神に異常をきたした女性が少なくなかっただろうことは想像できる。映画で描かれる小村にさえ、3人の患者が出ているし、教会には「ホームズマン」という、精神病患者を都市部の教会へ送り届けるシステムまで確立されていたというのも問題の深刻さを物語っている。
ヒラリー・スワンク演じるメアリーは、都会出身の教養ある30過ぎのオールドミスで、男に求婚しても威張りすぎだと断られる女だ。家事も農作業もこなし、善行を積むために「ホームズマン」をかってでる敬虔なキリスト教信者でもあるが、結局、西部ではひとりでは生きられないと悟ることになる。詳細は書けないが、スワンクがアカデミー賞主演女優賞を獲得した『ミリオンダラー・ベイビー』(2004年)に通じる名演を見せる。
監督兼任でジョーンズが演じる、無責任で品がなく泣きまねまでする冴えない小悪党ブリッグスは、旅を通じて徐々に「善人」になっていく。なんだか、宇宙人ジョーンズが『許されざる者』(1992年)のクリント・イーストウッド、『キャットバルー』(1965年)のリー・マーヴィンが合体したような名優に見えてくる。
旅を終えたブリッグスは、地方の銀行が潰れたために報酬に受け取ったドル札が紙くずになっていたことを知る。また、旅の途中で一夜の宿と食事を求めた荒野の一軒家ホテルの主人は、資本家を迎えるのに忙しいからと申し出を断る。怒ったブリッグスはホテルに火を放つ……。
アメリカの西部劇でここまで直接的かつ強烈に「資本家」「資本主義」「金融システム」に悪意を向ける映画は珍しい(マカロニ・ウエスタンでは、山賊や殺し屋と手を組んで悪事を働く銀行家や町の要人は、あたりまえの存在ではあるのだが)。
アイルランド系らしいブリッグスは、アイリッシュ風の歌とダンスを楽しむ。“善人”になり、資本主義社会アメリカを知ったブリッグスは、町の住人の迷惑を無視して歌い踊り、銃をぶっ放して「俺はこれから西部へ行くんだ!」と宣言する。“正しいアメリカ人”として、もう一度西部(ワイルド・ウエスト)へ……。
動物のように凶暴に暴れるグロー・スヴェンソン(ソニア・リヒター)、娘しか生めないデンマーク妻シオリーン・ベルナップ(ミランダ・オットー)、静かに狂っている若い娘アラベラ・サワーズ(グレイス・ガマー)、3人の“精神を病んだ女性”を演じる女優たちをはじめ、キャスティングも素晴らしい。最後に登場するメリル・ストリープは、慈愛に満ちた教会の司祭夫人を意味深に演じてみせる。丁寧な言葉の端々に、それだけではない何か邪悪なものを潜ませているような……さすがである。ちなみにグレイスはストリープの実の娘だ。
ニュー・メキシコで撮影された、名画のように美しい西部の風景
監督ジョーンズは、美しい西部の風景に夢中だ。雲が低く空が澄みきっているニューメキシコ州で、『ブロークバック・マウンテン』(2005年)のロドリゴ・プリエトによって撮影された風景は息をのむほど美しい。特に荒野に薄雪が積もり、馬車と馬と人間が野宿しているショットは、ほとんどそのまま泰西名画……ウエスタン絵画の名作のようだ。劇中のセリフからすると“夏”の話のはずなのに雪景色が堂々と登場するのだから、明らかにジョーンズ監督は物語の流れよりも風景・映像を優先させている。一軒家ホテルのたたずまいは、映画ファンならすぐにテレンス・マリックの名作『天国の日々』(1978年)を思い浮かべずにはいられないが、どちらもアンドリュー・ワイエスの絵画にかなり影響を受けているのも明白だ。
バイオリン、ギター、マンドリンなどによる静かで美しいマルコ・ベルトラミのサウンドトラックには「風の俳句 Wind Haiku」なる曲もあって、まさに音と映像でアメリカの美しい自然の大切さを訴えているかのようだ。ちなみにハーバード大卒のインテリであるジョーンズ監督、大学時代はあのアル・ゴア元副大統領(『不都合な真実』2006年)のルームメイトだった。
文:セルジオ石熊
「特集:24時間 ウエスタン」はCS映画専門チャンネル ムービープラスにて2019年6月放送
『ミッション・ワイルド』
19世紀アメリカ、ネブラスカ。小さな集落で暮らす独身のメアリーは、病で豹変した3人の女性をアイオワの教会まで連れて行く役目《ホームズマン》に立候補する。そしてその直後、彼女は木に吊るされた悪党ブリッグスに遭遇、処刑寸前だった彼を、旅に同行することを条件に助け出した。孤独な女と大悪党の、約400マイル(650km)の長い旅がはじまる。
制作年: | 2014 |
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監督: | |
脚本: | |
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