日本で社会現象を巻き起こした初のインド映画『ムトゥ 踊るマハラジャ』
20年と半年前の1998年11月20日。東京・渋谷の映画館シネマライズでは、6月13日から上映が続いた『ムトゥ 踊るマハラジャ』(1995年)の最終日を迎えていた。
23週にわたる上映期間で、観客動員数は127,445人、興行収入は2億800万円超。この興行成績は1998年のミニシアター系ではトップであり、歴代成績を見ても『ニュー・シネマ・パラダイス』(1989年)、『トレインスポッティング』(1996年)、『ベルリン・天使の詩』(1987年)に次ぐ第4位の成績となる快挙だった。
当時に、満員のシネマライズで『ムトゥ 踊るマハラジャ』を観た人も多いだろう。実際に観ていなくても、ワイドショーなどで「スペイン坂には連日長い行列が!」と何度も取り上げられたため、社会現象として記憶している人はかなりの数にのぼるはずだ。そして、ここから本作はレジェンドとして走り出したのである。
なぜ『ムトゥ』は日本で大ヒットしたのか? その答えは“踊るマハラジャ”にあり
『ムトゥ』の大ヒットは、インド娯楽映画が広く認知される大きなきっかけとなった。それにしても、どうしてこのインド映画は当時の人々の心を掴んだのだろうか。その秘密は「踊るマハラジャ」という副題にある。
『ムトゥ』の物語は、インド人が大好きな「貴種流離譚」、つまり、今は貧しく虐げられた環境にいるが、本当は高貴な生まれで大金持ち ― という主人公の話である。主人公ムトゥは、お屋敷の若主人に仕える馬車の御者だが、最後に、昔この地を治めていたマハラジャの息子だったとわかるのだ。で、劇中この「ホントはマハラジャ」のムトゥが様々な場面で踊るので、「踊るマハラジャ」というわけである。
そんなわかりやすい副題は、もちろん日本公開時についたのだが、当時評判になったテレビドラマ「踊る大捜査線」から、「踊る」が時代のキーワードだと読んで冠したセンス、「マハラジャ」というインド料理店名みたいな言葉一つでインドのイメージを形成したセンスは脱帽ものだ。実際、『ムトゥ』というタイトルは忘れてしまい、『踊るマハラジャ』を映画題名として憶えている人も結構いる。また、インドでも日本での大ヒットが大きく伝えられたので、「Odoru Maharaja」という日本語を覚えてしまったインド人も多い。それぐらい、インパクトのある副題だったのである。
スーパースターおじさんラジニカーントが魅せる4つのソング&ダンスを解説!
そして、看板に偽りなしのソング&ダンスシーンの数々は、日本人観客の度肝を抜いた。主演は“スーパースター”という呼び名が常に付く超大物男優・ラジニカーントなのだが、その実体は髭をはやした小太りのおじさん。ところが、この小太りおじさんが輝くばかりの美女ミーナを相手に踊ると、とてつもなくカッコいいのである。劇中、ラジニカーント扮するムトゥが強烈な4つのソング&ダンスシーンを見せてくれるので、以下に紹介しよう。
SONG 1:「主はただ一人」
冒頭、ムトゥが登場するシーンで流れる歌。このイントロ部分は『ムトゥ』のヒット以降、何かとインド関連映像のBGMに使われているので、聴けば誰もが「ああ、これ知ってる~」と言うに違いない。この歌は、ラジニカーント主演作定番の、いわば“お名乗りソング”。主人公の信条や主義主張を歌い上げる、自己紹介ソングなのだ。ちょっと理屈っぽい歌詞の合間に、間奏シーンで村人やら若者たちと踊ってみせるキレのいいダンスが魅力的だ。
SONG 2:「菜食の鶴」
若主人が「結婚を決めた」と告白したことで、高揚したお屋敷の人々が歌い踊るシーン。「自分こそが彼の結婚相手!」と思い込む若主人の従妹のしゃっくりから始まる面白い歌で、撮り方も実にユニーク。アヒルやらクジャクやらをサブリミナル効果みたいに一瞬だけ入れるテクニックも含めて、カット数が半端ではない。5分11秒の尺に、その数なんと145カット! 平均して1カット2秒でダンスシーンが繰り広げられるのである。
SONG 3:「クルヴァーリの村で」
ミーナ扮する劇団看板女優・ランガナーヤキ(ランガ)を狙うギャングの一味から逃れ、彼女とムトゥが逃げ込んだのはタミルナードゥ州のお隣、ケーララ州。言葉が通じなくて焦るムトゥに対し、ランガは旅回りの経験で他所の言葉もお手のもの。ムトゥをからかったことが村人を巻き込む大騒動に発展し、怒り心頭のムトゥはランガに怒りをぶつけるはずが、なぜかぶつけたのは恋心だった……というわけで、恋の開花を村の部族民と共に2人が歌う。ケーララ州名物の古典舞踊カタカリなどを登場させ、象祭りの象さんたちもそろい踏み。
SONG 4:「ティッラーナー、ティッラーナー」
お屋敷の夜の庭から、夢の世界にワープするドリーム・シークエンスだが、6分20秒の曲の間に衣装と背景の色が6回変わる豪華版。白&金→緑→水色→黄色→黒→赤で、それぞれの衣装と大道具・小道具のデザインも凝っている。「これがインド映画の実力だ!」的、最高峰のソング&ダンスシーンである。
……以上4つのソング&ダンスシーンは、A.R.ラフマーンの曲はもちろん、衣装に振り付けから編集まで、すべてにわたって「スゴすぎる!」のひと言。最近のインド映画からはソング&ダンスが減っている上、撮り方もだんだんと下手になってきているので、こういった“目の正月”のようなシーンを見せられると「これぞレジェンド!」と感激してしまう。『ムトゥ 踊るマハラジャ[4K&5.1chデジタルリマスター版]』は画質も音質も格段にアップしているので、最高のソング&ダンスシーンが楽しめるはずだ。
これ撮影中に誰か死んでない!? 香港映画ファンにもオススメの超絶アクション
さらに、ド迫力のアクションシーンにも目を奪われるはずだ。『ムトゥ』の発見者&日本への紹介者・江戸木純氏をして「あのシーン、絶対に誰か死んでる!」と言わしめた壮絶な馬車チェイスや、「このシーン、カメラをどう動かしたのかわからない」と首をひねらせたランガの義兄との決闘シーンなどなど、見どころは満載。香港映画ファンなら、ジャッキー・チェン得意の360度回転落ちをはじめ、香港アクションをよく学んでいることにも快哉を叫ぶだろう。
20年前の公開時には、「声を出したり、拍手をしたりして楽しんでください」という紙を配布したら、怒って文句を言ってきた観客がいたと聞くが、<マサラ上映>や<絶叫上映>を経験した現在は、皆さん楽しみ方をご存知のはず。20年経っても色あせないレジェンド作品『ムトゥ 踊るマハラジャ』を、4K&5.1chデジタルリマスターで存分に楽しんで観てほしい。
文:松岡 環
『ムトゥ 踊るマハラジャ[4K&5.1chデジタルリマスター版]』はCS映画専門チャンネル ムービープラスにて2019年6月放送。
『ムトゥ 踊るマハラジャ』
南インドのタミル・ナードゥ州。大地主ラージャーに仕えるムトゥは、馬車使い兼ボディガ−ドとして周囲から絶大な信頼を得ていた。ある日、ラージャーが劇団女優ランガに一目惚れ。トラブルに巻き込まれたランガを連れ帰るようムトゥに命令するが、大騒動の道中でランガはムトゥと恋に落ちてしまう。
制作年: | 1995 |
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監督: | |
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