「真実を語るなら目で嘘をつけ、もし目で真実を語るなら、口で嘘をつけ」
―たとえばヒトラーを演じるのを断るドイツ人俳優は多いと聞きましたが、あなたの場合、グレイザー監督だからこそ、この役を演じることに恐れを抱かなかったのでしょうか。
それも、もちろんある。僕は恐れを抱かなかったけれど、それは……もっとも大事なことは、この映画は「人間」を描くのであって、「犯罪者」を描くのではないということ。彼はたしかに収容所所長だが、同時に父親であり、家族を愛し、乗馬が好きで、自然に興味がある。浮気はしていても妻を愛している。こういうキャラクターを演じるのはたしかにチャレンジだったよ。ナチスでひどい人間であると知った上で、そうではない面を見せるのはね。
メリル・ストリープはたしか、「自分が演じるキャラクターを愛さなければならない」というようなことを語っていたと思うけれど、僕はもちろんヘスを愛せない。でも人間として彼を演じる上で、何かしらエモーショナルなコネクションを持たなければならない。初めて完成した映画を観たとき、すごく居心地が悪くなった。ときどき、そこに“自分”を発見したから。でも映画を観るときに俳優が自分を見出すのは、もっともなことだと思う。ただ、いい気分ではなかったよ。
―とても複雑なキャラクターを作りあげる経験はいかがでしたか。
強烈だった。彼が歴史上やったことを知っているし、劇中の伏線など、すべてわかった上で演じていたから。でも自分はそれを観客と共有する立場にないから、自分のなかに留めておかなければならない。
彼の体のなかには、多くの緊張や不安があったはずだ。家族の主としてベストでいたいという気持ちの一方で、頭のなかにはつねに仕事のことがあったわけだから。それを表現するのは困難だった。あるときジョナサンは僕にこう言った。「多くを語る必要はない。ただ心のなかに(気持ちを)抱いていればそれで十分だから」と。「真実を語るなら目で嘘をつけ、もし目で真実を語るなら、口で嘘をつけ」とも言われた。
この矛盾が僕にとって最大のチャレンジだった。多くのシーンでは、彼はただ子供と話したり、ケーキを食べたり、パーティーをしたり、ふつうのことをしているだけ。犯罪者としての彼を観客は観ることがない。だから彼が頭のなかで何を考えているかわからない。けれども、僕にとって真実を探すことは重要なことで、とても強烈な体験だった。
「自分たちの歴史を振り返り、やってきたことを見つめ直すのはとても大切」
―あなたは他にも「居心地の悪い映画」である、ミヒャエル・ハネケの『白いリボン』(2009年)に出演されていますが、あなたの役はほとんど唯一、いい人でしたね。
たしかに(笑)。興味深いのは、あれは第一次大戦前夜の話だけれど、あの子供たちがきっと後にナチスになったのだろうと思えること。彼らが犯罪者になるのを想像することができる。
―グレイザー監督とハネケ監督は、まったく異なる手法の監督でしょうか?
ハネケは撮りながら何かを探求するわけじゃない。最初からとても明確だ。彼の脚本にはすべてが書かれているから、質問は出ないし、セットに来て、演じるだけ。それを彼は、目を閉じて耳で聞いている。「耳は嘘をつかない」というのが彼の信条だ。彼は俳優を信頼して、耳で聴くことによって、真実を感じ取る。とてもきめ細かい。でも、それはジョナサンにも言える。彼はドイツ語を喋らないけれど、注意深く聞いて真実を感じている。たぶん彼は、脚本のように撮りながらも、何かを探し求めていた気がする。
おそらく『白いリボン』は、ジョナサンのインスピレーションになっていたと思う。彼とあの作品について語り合ったんだ。僕にとっては初めての映画作品だったけれど、大きなギフトで、あれによって俳優としてすべてのドアが開いた。ジョナサンと仕事ができたのも、それがきっかけになっていると思う。
―あなた自身のことを少し伺えますか。東ドイツで生まれたそうですが、壁が崩れたときのことを覚えていますか?
よく覚えているよ。でもまだ10歳だったから、壁が崩れたことによる影響などは理解できなかった。もちろん、壁がなくなってやりたいことが自由にやれるようになったことは嬉しかった。今日、ドイツでもいろいろと動きがあるなかで、本作のように自分たちの歴史を振り返り、自分たちがやってきたことをあらためて見つめ直すのは、とても大切なことだと思う。
―あなたはミュージシャンでもありますが、演技と音楽への興味はどのように生まれたのでしょうか。
子供のときから自分を表現したり、人々を楽しませたいと思っていたんだ。演技や歌うこと、パペットシアターなどに興味があった。どうしてそういう欲求が湧いたのかはわからない。自分の父は医者で、母は経済学者で、まったく違う畑だから。自分が生まれる前になくなった祖父がミュージシャンだったから、その血を継いだのかもしれない。
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「ジョナサンはとても勇気があり、賢明で、インスパイアされる」
―映画を観るようになったのはいつ頃ですか?
子供の頃、近所に映画館があって、毎週日曜朝9時に子供向けの映画が上映されていた。僕は毎週通ったよ。映画のあと、映画館の隣でアイスクリームを食べる、それが僕の習慣だった(笑)。そして映画館に行くたびに、自分もスクリーンのなかの一員になりたいと思った。それが夢だったんだ。
一度、女の子と映画を観に行ったとき、僕はスクリーンを指して「あれは僕だ」と嘘をついた。もちろん僕じゃなくて、ブロンドの背の高い少年だったけれど、あれはメークをした僕だよと言って(笑)。彼女は本当だと信じこんだよ!
―当時どんな映画を観たのですか?
アニメーションのおとぎ話が多かったな。ときどきロシア映画もあった。8歳のときには『E.T.』を観たよ。ファンタジーだから西洋の映画でも東ドイツで公開されたんだろうね。映画館から出て、本当にわくわくしたよ。
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―あなたにとって「師」のような存在の人といったら、誰でしょうか。
やはりハネケとジョナサンだ。ハネケは「自分は監督として妥協はしない」と語っていた。偉大な監督にとっては、そう困難なことではないのかもしれないね(笑)。俳優としても、覚えておくべきことだと思った。ジョナサンも自分のユニークなやり方を貫いている。とても勇気があり、賢明で、インスパイアされるよ。
取材・文・撮影:佐藤久理子
『関心領域』は2024年5月24日(金)より新宿ピカデリー、TOHOシネマズ シャンテほか全国ロードショー
『ヒトラーのための虐殺会議』はCS映画専門チャンネル ムービープラスで2024年6月放送
『関心領域』
空は青く、誰もが笑顔で、子供たちの楽しげな声が聴こえてくる。そして、窓から見える壁の向こうでは大きな建物から黒い煙があがっている。時は1945年、アウシュビッツ収容所の所長ルドルフ・ヘスとその妻ヘドウィグら家族は、収容所の隣で幸せに暮らしていた。スクリーンに映し出されるのは、どこにでもある穏やかな日常。しかし、壁ひとつ隔てたアウシュビッツ収容所の存在が、音、建物からあがる煙、家族の交わす何気ない会話や視線、そして気配から着実に伝わってくる。壁を隔てたふたつの世界にどんな違いがあるのか?平和に暮らす家族と彼らにはどんな違いがあるのか?そして、あなたと彼らとの違いは?
監督・脚本:ジョナサン・グレイザー
原作:マーティン・エイミス
撮影監督:ウカシュ・ジャル
プロダクションデザイン:クリス・オッディ
衣装デザイン:マウゴサータ・カルピウク
編集:ポール・ワッツ
音楽:ミカ・レヴィ
音響:ジョニー・バーン ターン・ウィラーズ
出演:クリスティアン・フリーデル ザンドラ・ヒュラー
制作年: | 2023 |
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2024年5月24日(金)より新宿ピカデリー、TOHOシネマズ シャンテほか全国ロードショー