自分を顧みなかったボブ・マーリーが音楽を通して伝えたかったこと
一言でボブ・マーリーを表すなら「慈悲深い人」。そして、それは映画の随所から伝わってくる。ボブ・マーリーが襲撃されたのは、武力による解決ではなく、平和的な解決を望んでいたから。国民一人一人の、そしてジャマイカという国全体の平和を望んでいた彼は、コンサートが近づくにつれ相次いだ匿名の警告や脅迫にも屈しなかった。そして、彼は直前に襲撃されたにも関わらず<Smile Jamaica コンサート>の舞台に立つ。自分が歌うことで国民が一つになると信じて。ステージの上という、どこからでも命を狙われやすい場所に臆することなく向かったのは、誰よりも強く「平和」を願っていた彼の気持ちの表れにほかならない。
劇中で描かれる<Smile Jamaica コンサート>はボブ・マーリーという人物を知る上で重要なシーンだが、映画的な視点からも見逃せない。当時、ボブが実際に披露した「War / No More Trouble」、「Get Up, Stand Up」、「Smile Jamaica」などを歌うのは、ボブになりきった主演のキングズリー・ベン=アディル。観客は、映画館の大スクリーンで迫力ある演技とバンドサウンドを体感し、また日本語字幕を通してボブが曲に込めたメッセージを感じ取ることもできる。そして、ここまでストーリーを追ってきた観客にとっては、楽曲の歌詞と当時のジャマイカの状況がリンクする演出となっているのだ。キングズリー・ベン=アディルの声も単なる“ボブ・マーリー演技”ではなく、当時誰よりも平和を願ったボブ・マーリーの切実な声として聴こえてくる。
普遍的ながら時代を超えて響く「ONE LOVE」のメッセージ
他にも印象的なシーンとして、ボブ・マーリーが友人たちと生活していたジャマイカの家に「生活のために店を出すことを援助してほしい」と知り合いの女性が訪れる場面がある。ジャマイカを代表するトップアーティストを頼ってくる人は少なくないはずだが、それでもボブは彼女を見捨てず、望みが叶うように面倒を見るよう仲間に念を押すことを忘れない。一国を代表する政治家にはできなくても、彼には可能だった。それも当たり前のように。
『ボブ・マーリー:ONE LOVE』が描いているのは、とあるアーティストの一生にまつわる挫折と栄光なんかではない。ボブが命を賭して伝えようとした「ONE LOVE」とは「他人に優しくすること」。普遍的でありながら時代を超越した、今を生きる我々が忘れがちなメッセージではないだろうか。国家レベルから個人レベルまで、スマホを覗くと目に飛び込んでくる痛々しい衝突。そんな現代を生きる我々だからこそ、彼が残した「ONE LOVE」にもう一度立ち返る必要があるのだ。今度ビレバンを訪れるときは、店員さんの目を見て会計をしてみようと思う。
文:Takahiro Kanazawa
『ボブ・マーリー:ONE LOVE』は2024年5月17日(金)より全国ロードショー
Presented by 東和ピクチャーズ
『ボブ・マーリー:ONE LOVE』
1976年、対立する二大政党により国が分断されていたジャマイカ。国民的アーティストとなっていたボブ・マーリーは国内の政治闘争に巻き込まれ、銃撃されてしまう。だがその僅か2日後、ボブは怪我をおして「スマイル・ジャマイカ・コンサート」のステージに立ち、8万人の聴衆の前でライブを披露。その後身の危険を感じロンドンへ逃れたボブは「20世紀最高のアルバム」(タイム誌)と呼ばれる名盤『エクソダス』の制作に勤しむ。さらにヨーロッパ主要都市を周るライブツアーを敢行し、世界的スターの階段を駆け上がっていく。一方母国ジャマイカの政治情勢はさらに不安定化し、内戦の危機がすぐそこに迫っていた。深く傷ついたジャマイカを癒し内戦を止められるのはもはや政治家ではなく、アーティストであり国民的英雄であるこの男だけだった———
制作年: | 2024 |
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2024年5月17日(金)より全国ロードショー