生きていくために!「目には目を」の壮絶半生
本作は「あしたのジョー」の超劣悪バージョンみたいな刑務所シーンから幕を開けるが、じつは音楽の力で成り上がっていく、みたいな様子はクライマックスまでほとんど描かれない。カターこと本名ジワ・ハジャビはクルド系音楽家のもとに生まれ、ドイツのボンに亡命し音楽教育を受けるも、両親は離婚、母と妹とともに底辺生活に陥る。
ある日、ストリートでブチのめされたジワはやり返したい一心で路上ガチンコファイトの極意を学び、過剰な報復の結果「カター(Xatar:危険なヤツ)」と呼ばれるように。やがて本格的にドラッグの売人やバウンサー業で金を稼ぐようになるが、あるときヘマの帳尻合わせで企んだ金塊強盗で世界的指名手配犯となってしまう。
ところが逮捕・収監されたドイツの刑務所内で密かにレコーディングした曲がシャバで流通すると、本物の“ギャングスタ・ラッパー”として持て囃され、音楽プロデューサーとしても大成功。本作は、そんなカターの自伝をもとに大胆に脚色を施した、異色の実録音楽映画である。
刑務所でレコーディングしたアルバムが大ヒット!
主人公のカターを演じるのは、『悪魔は私の大親友』(2018年)でヒロインが恋する高校イチのモテ男を演じているエミリオ・ザクラヤ。前作『屋根裏の殺人鬼 フリッツ・ホンカ』(2019年)では超絶イケメンのヨナス・ダスラーに連続殺人鬼を演じさせていたが、本作では自身もミュージシャンであるザクラヤが映画内で自らラップシーンを演じ、アイドル俳優から脱却している。
また本作は、カターが数々の楽曲を映画のために提供し、台詞の監修にもカターが参加。刑務所でのラップ録音~トラックメイクのシークエンスは大胆に端折りながらも音楽製作のカタルシスが濃縮されていて、そこに行き着くまでの壮絶なドタバタぶりと相まって感動を呼ぶ。どんな苦境であっても心が折れることのないカターの逞しさが眩しく、エンパワメント効果すら感じさせる。
当時、カターが実際に刑務所でレコーディングしたアルバム「Nr. 415」はドイツのアルバムチャート19位にランクインし、続く2枚のアルバムは1位を獲得。その後もプロデュースする楽曲が軒並みヒットし、いまでは飲食業やジュエリー、ファッションなど幅広く手掛けているという。カターの人生のどこか一部だけを切り取っても1本の映画になりそうな濃厚さだが、アキン監督が彼のどこに興味を惹かれたのか考えるのも面白い、“絶対に真似してはいけない”サクセスストーリーに仕上がっている。
『RHEINGOLD ラインゴールド』 は2024年3月29日(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町、シネマート新宿、Bunkamuraル・シネマ 渋谷宮下ほか全国順次ロードショー