「貧しい人が貧しい人を助ける。金持ちは自分たちの金を守るだけ」
―劇中、ポップミュージックが効果的に使われています。ユーリズミックスが流れてきて、そのままボーカルのアニー・レノックス(のそっくりさん)が出てくるのに驚きました。
音楽については――私は年がら年じゅう映画のことを考えていて、ディナーで友だちと話していても「うんうん」って言ってるけど実は聞いてなくて、映画のことを考えているんだ。で、あるとき車に乗っていて、誰かがユーリズミックスのこの曲をかけた。それで歌詞を聴いていて「オーマイゴッド! 映画にピッタリじゃないか‼」と思ってね。スクリプトにキャバレーのショーのシーンを書いていて音楽が必要でね。これがピッタリだと思ったから使ったんだよ。
―「そっくりさんショー」のアイデアはどのように生まれたのでしょうか。
ただ、ダグラスの立場から考えてみただけなんだ。彼はハンディキャップを負っていて、誰も助けてくれる人がいない。みんな「可哀想だね」とは言うけれど、手を差し伸べはしない。ダグラスはあらゆる仕事をしようとするけれど断られてしまう。彼にハンディキャップがあって半人前だから、みんな「ノー」と言う。でも、アンダーグラウンドな世界に行ったら……。
私が考えたのは、誰なら彼にイエスと言えるのか? もちろん他人の痛みがわかる人間だ。普通の人とは違っていて、クリエイティブで、彼のようなアーティストなら。それでショーをする人々を登場させた。彼らはダグラスのハンディキャップなんて気にしない。彼の芸が良ければそれで十分で、そこにはもっと自由がある。
セクシュアリティを気にしない人々だけが彼を助けられることを描いたのは楽しかったよ。彼らは普通の人よりずっとオープンだ。まあ大抵、貧しい人が貧しい人を助ける。金持ちは自分たちの金を守るだけだよね。
「ステージで“動かない”アーティストのリストを作ってみた」
―エディット・ピアフの歌をほぼフルコーラスで撮っています。「No Regrets(水に流して)」はクリストファー・ノーランが『インセプション』で使った曲でもありますが、あの部分的な使い方に、フランス語話者としてはもっと歌詞を聞くべきだ、フルコーラスで聴きたい、などの思いがあったのではありませんか?
ダグラスは小さなころから母親にヨーロッパの音楽を聞かされて育っている。彼は歩けないから、真似できる人間は限られてくる。例えばマドンナの物真似なんかはできない。動かない歌手を選ぶしかないんだ。私はステージで動かないアーティストのリストを作ってみたんだよ。マレーネ・ディートリッヒは全然動かない。移動しないで歌い出す。ピアフを選んだのは歌よりも、彼女が動かないから。そのあとピアフの歌詞を全曲調べて、スクリプトに合っているものを探してみた。だから先にピアフを選んだわけじゃない。まずスクリプトがあって、動かない歌手を探しただけだ。
―じゃあ状況に合わせてピアフを選んだんですね。クリストファー・ノーランは関係なく。
全然関係ないね。(『インセプション』は)思い出しもしなかったよ。スクリプトに合っていただけだ。私はいつも物語を思いついたらそれをスクリプトに落としこんで考え抜く。するとスクリプトから別の物語が浮かんできたりする。それがまた大きくなっていったりする、そんな感じなんだ。
「私は映画の中で人を殺すけれど、実際に殺したことなんかないよ(笑)」
―ドッグマンはいつも神について語っていますよね。神というものへの怒りを感じる台詞も多いのですが、監督ご自身は神の存在を信じていますか?
いいや(キッパリ)。でも、これは面白い質問だね。人間には“神の存在についての答え”がない。少なくとも私たちにはわからない。でも誰かわかっている人もいるんだろう、と考えるのがいいんだ。私にはわからない、でもダグラスはわかっている。そう考えると面白いじゃないか。
どんな宗教も人生を良くしてくれたり、より良い人間にしてくれるんだろう。それは宗教でそうなるのであって、反宗教でそうなるのではないよね。もし宗教が良い方法で使われるのであれば、自分をより良くするために使えばいい。でも私個人としては信じないね。だって、君が「信じるか」と聞くのは、“どの神”なんだい? 人類史上、400以上の神がいる。エジプトの神だったり、ローマにもたくさんいる。じゃあ、どれだ? 今日信じられている神だとして、旧約聖書には“神は男の骨から女を創った”なんて書かれているけど、私は女性がそんなふうに創られたとは思わないな。
―ラストシーンのダグラスは、キリストを思い起こさせる宗教的なイメージで撮られていますよね。
こういう話をするのは好きだし、そういうシーンも好きだ。でも私は映画の中で人を殺すけれど、実際に殺したことなんかないよ(笑)。
―でもドッグマンの生死はわかりませんよね。続編やスピンオフシリーズを作る予定はないんですか?
ChatGPTなら簡単に続きを教えてくれるよ(笑)。いや、続編は作らない。ハリウッド映画なら続編を作るだろうけどね。私はこのエンディングが本当に気に入っているんだ。冒頭で「神はすべての助けを求めるものに犬を与える」と言っているだろう? そして……。
―そして精神科医エヴリンは素晴らしいガード・ドッグを得るんですね。エヴリン役のジョージョー・T・ギッブスの演技も素晴らしかったです。
彼女は素晴らしい俳優だ。それほど有名じゃないけれど、オーディションをして、映像を送ってもらって、テストの段階ですでに完璧だった。台詞を完全に理解していた。ただただ完璧だったんだ。エヴリンとドッグマンの留置所でのシーンは、他の撮影が全部終わってから撮った。それまで彼女はケイレブに会ったことがなかった。彼らを会わせないようにしていたんだ。
セットのシークレット・ミラーは(撮影現場に)実際にあった。片方の部屋で彼女とリハーサルをして、もう片方の部屋には3台のカメラがあった。じゃあ撮影しようとなって、彼女はカメラのある部屋に入ってきてケイレブと初めて会ったんだ。それで彼女は台詞を全部言った。彼女はどう映っているかさえ知らなかっただろう。私が何も知らせないようにしていたんだから。
最初の場面は彼らが本当に初対面だったから、リアルなリアクションが撮れた。そうやって台本9ページ分くらい撮って、撮影後に私がカットをかけたら、ケイレブが「ハーイ、僕の名前はケイレブだよ」って彼女に自己紹介していたんだ。驚きの瞬間だったよ(笑)。
『DOGMAN ドッグマン』は2024年3月8日(金)より新宿バルト9ほか全国公開
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『DOGMAN ドッグマン』
ある夜、警察に赤いドレスを着た男が拘置された。逮捕された際、男は負傷しており、運転していたトラックには無数の犬が乗っていた。男の処遇に困った警察は精神鑑定のため女医のエヴリンを呼ぶ。夜中に駆けつけたエヴリンに、男は静かに語りはじめる。凄まじい虐待を生き延びた経験、犬たちとの暮らし、ショーマンとしての成功、街のマフィアとの死闘を…。
脚本・監督:リュック・ベッソン
出演:ケイレブ・ランドリー・ジョーンズ ジョージョー・T・ギッブス ほか
制作年: | 2023 |
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2024年3月8日(金)より新宿バルト9ほか全国公開