安易な感情移入を拒絶する人物描写
不倫相手との密会の後、気だるい顔をしているアリス(カミーユ・ロウ)。夫と不妊治療を始める約束を交わしたことが憂鬱なのだ。ホテルから家に帰る道すがら、不倫相手と共にガソリンスタンドに立ち寄る。そこには誰もおらず、致し方なしと商品代金をレジにおいて立ち去ろうとしたその時、不倫相手はどこからともなく放たれた銃弾で射殺される。
「どこから?」「誰が?」驚くアリス。「GODISNOWHERE」と書かれた看板が目に入るや否や、立て続けに銃撃を受け、とっさに棚に隠れる彼女。レジ横にはトランシーバーがあり、なんとかそれを手にすると聞こえてきたのは、狙撃手の声だった――。
この映画、人間味が濃すぎて誰にも同情できない。そもそも主人公のアリスからして嘘まみれの偽善者なのだ。冒頭から不倫相手を背に、何食わぬ顔をして動画通話で“不妊治療”の会話である。夫に対しても不倫相手に足しても、いけしゃあしゃあと思ってもいないことをペラペラと話している様にイライラしっぱなし。「ああ、そういう人ね。◯ねばいいのに」なんて思う観客もいるのではないだろうか。
映画を見ているあなたは「まとも」ですか?
そんなアリスが、恐怖の一夜を過ごすことになる。ガソリンスタンドには身なりのしっかりした人から、だらしのない人、家族連れ等々が訪れるが、それぞれ個性があり、アリスの無能さによって押し並べて撃ち殺される。
一方、犯人はどうか? 劇中の主軸になるので多くは説明できないが、 “時代に流された典型的な陰謀論者”と言っておこう。何故か彼はアリスが製薬会社でSNSマーケティングを担当していることを知っている。そしてコロナ禍で噴出した“ワクチン論争”への言及を含め、嘘や偽善だらけの世の中に価値などあるのか? そもそも善人なんているのか? とトランシーバー越しに問いかけてくる。
狙撃手は殺人鬼だから、間違いなく悪人だ。ネットやTVの見過ぎで勝手に世の中に絶望している迷惑な野郎だ。でも、その世の中の一部である、アリスはどうか。不倫相手は、不妊治療を一方的に勧める夫は、スクリーンを観ている我々観客は――
まともなんですか?
肉体的にも精神的にも追い詰められるアリスを見ていると、そんな思いが沸く。そして何が“まとも”なのかわからず、歯を食いしばってしまう。
フレンチ・スプラッターの名コンビが「善・悪」を問う
この独特の緊張感には会話だけでなく、カメラワークも一役かっている。監督フランク・カルフンの過去作『P2』(2007年)でも同じ手法が取られたが、閉所を舞台にしているにもかかわらず、同じアングルは2度と使わないのだ。常にアングルが変わる。これは地味ながらも効果的だ。
同じくカルフン監督作『マニアック』(2012年)や、製作総指揮を務めた『オキシジェン』(2021年)でもそうだったが、彼はフレンチ・スプラッター『ハイテンション』(2003年)で名を馳せたアレクサンドル・アジャと共に仕事することが多い。2人ともフレンチ・スプラッターの隆盛によってゴア描写ばかりが取り沙汰されるが、彼らが組むと「善悪の曖昧さ」が浮き彫りになるような気がする。
さて、「GODISNOWHERE」と書かれた“ぎなた読み”看板から放たれる銃弾は何を意味するのか?
「God is Now Here」(神はここにいる)
「God is Nowhere」(神はどこにもいない)
映画の最後、朝靄の中の世界を見て、あなたはどう考えるだろう?
『ハンテッド 狩られる夜』は2024年2月23日(金・祝)よりシネマート新宿ほか全国公開
『ハンテッド 狩られる夜』
製薬会社フィンザーでSNSマーケティングを担当するアリスは、不倫相手の同僚との密会後、夫の元へと深夜に家路を急いでいた。道中人里離れたガソリンスタンドに立ち寄ったが店内に従業員の姿はない。仕方なく店を出ようとしたその時、突然どこからか銃弾が飛んできて腕を負傷、スマートフォンも撃ち壊されてしまう。彼女が戻らないのを心配し、店内に入ってきた不倫相手も射殺され、パニックに陥るアリス。なぜ彼女は狙われるのか…?助けを呼ぶ手段もない、逃げ場もない絶体絶命の状況の中、目的の分からない残虐無比なスナイパーとの悪夢のような一夜が幕を開ける…。
監督:フランク・カルフン
製作:アレクサンドル・アジャ
出演:カミーユ・ロウ
制作年: | 2022 |
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2024年2月23日(金・祝)よりシネマート新宿ほか全国公開