審査員長イニャリトゥは、新人監督の後押しを開催時から匂わしていた
ポン・ジュノの『パラサイト 半地下の家族』が韓国初のパルム・ドールに輝いた。長年、官民一体となって映画の振興に取り組み、イム・グォンテク、イ・チャンドン、キム・ギドク、パク・チャヌク、ホン・サンスらの才能をコンペティションに送り込んできた韓国映画がパルム・ドールを手にするのは時間の問題だった。それを叶えたのがポン・ジュノだったことが何より嬉しい。
映画祭の開催前、今年の見どころの原稿に、審査員長のイニャリトゥは“誰よりも映画祭の意義と恩恵を熟知している”と書いたが、それは、“功成り名遂げたベテランには賞をやらないだろう”という意味だった。なので、ペドロ・アルモドバルの『ペイン・アンド・グローリー』は、もしかしたら彼にとってパルム・ドールを手にする最後のチャンスになるかもしれなかったが、アントニオ・バンデラスの男優賞に終わった。それは、パルム・ドールはやれないが、無視することが出来ない作品という意味で、それが授賞式の壇上でのバンデラスの「この賞はアルモドバルに与えられたもの」という発言につながる。
Antonio Banderas, lauréat du Prix d'interprétation masculine dans DOLOR Y GLORIA (DOULEUR ET GLOIRE) de Pedro Almodóvar.
— Festival de Cannes (@Festival_Cannes) May 25, 2019
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Antonio Banderas, winner of the Best performance for an actor in DOLOR Y GLORIA (PAIN AND GLORY) by Pedro Almodóvar.
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今年、私が最も好きだったテレンス・マリックの『隠れた人生(原題)』を始め、働く者が不利益を被るフランチャイズ制を批判したケン・ローチの『Sorry, we missed you(“お届けにあがりましたがご不在でした”という不在票の常套句)』、司法に協力して裏切り者と呼ばれた実在のシシリア・マフィアを描いたマルコ・ベロッキオ迫真の実録もの『裏切り者(原題)』は、それぞれ見応えがあったが賞には絡まず、ダルデンヌ兄弟の『ヤング・アフメド(原題)』が監督賞を受賞するにとどまった。
映画界のサラブレッド、新人らしからぬアフリカ系新人監督が頭角を現した
Mati Diop, lauréate du Grand Prix pour ATLANTIQUE.
— Festival de Cannes (@Festival_Cannes) May 25, 2019
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Mati Diop, award winner of the Grand Prix for ATLANTIQUE (ATLANTICS).
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逆に、新人台頭を印象づけたのは、セネガルのマティ・ディオップとフランスのラジ・リの二人だった。ディオップの『アトランティック(原題)』はダカールを舞台に、大西洋を越えてスペインに出稼ぎに行く船が沈没し、溺死した人たちが亡霊になって戻ってくるという幻想的な映画。ディオップは映画監督をおじに、作曲家を父に持つサラブレッドで、新人ながらすでにフランスの新聞にかなり取り上げられており、上映前から期待度が高かった。
Ladj Ly, lauréat du Prix du Jury Ex-Æquo pour LES MISÉRABLES.
— Festival de Cannes (@Festival_Cannes) May 25, 2019
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Ladj Ly, award winner of the Jury Prize Ex-Æquo for LES MISÉRABLES.
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ラジ・リの『レ・ミゼラブル(原題)』は、彼にとっては初の長編劇映画だが、これまでドキュメンタリーを何本も撮ってきているし、JR(ロードムービー『顔たち、ところどころ』でアニエス・ヴァルダとフランスを旅した)などのアーティストとの交流も多い新人らしからぬ新人。地元モンフェルメイユを始め、アフリカ5カ国に無料の映画学校を開いたといい、今後さらにアフリカ系フランス人の中心となっていく人物だ。
コンペティション出品作の中でも、印象深かったフランス映画の面白さ
今年の収穫はセリーヌ・シアマの『炎の貴婦人の肖像(原題)』だったが、コンペティションのフランス映画はどれも面白かった。特にアルノー・デプレシャンの『お慈悲を!(原題)』は、デプレシャンが“最初で最後”と決めて撮ったフィルム・ノワール。警察署長のロシュディ・ゼムを主人公に、前半でフランス北部ルーベの社会状況をスケッチしてから、後半の老女殺人事件になだれこむ。クライマックスの容疑者レア・セドゥとサラ・フォレスティエを、署長ロシュディ・ゼムと新人刑事アントワン・レナーツが取り調べる場面がじっくり描かれていて見応えがあった。
アブデラティフ・ケシシュの『メクトゥブ、我が愛 間奏曲(原題)』は、夏の終わりに南仏の浜辺でパリからバカンスに来た娘と出会ったチュニジア人兄弟が仲間や友人たちとクラブで踊り明かす一夜を描いたもの。アミンというケシシュの分身の青年を狂言回しに、音楽とダンスとアルコールによるトランス状態の中で、アミンの仲間たちの思惑が複雑に交錯する。中盤のトイレのセックスシーンを始め、とにかく長いが(上映時間3時間半あまり。一晩を3時間で描いたとも言える)、ケシシュの卓越した演出力で映画の雰囲気に呑み込まれていき、本当にクラブで酔っ払っている気分になる。忘れられない映画の1本だった。
喉から手が出るほどカンヌが欲する、タランティーノ
今年最大の話題作は何といってもクエンティン・タランティーノの『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』だった。レオ様とブラピという二大スターが揃って登場した、あのレッドカーペットの華やかさを見れば、カンヌがタランティーノの映画を喉から手が出るほど欲しい気持ちがよく分かる。残念ながら本賞では無冠に終わった(イニャリトゥがタランティーノに賞をやるはずがない)が、映画の中でブラピの愛犬ブランディを演じたピットブルに今年のパルム・ドッグ賞が授与された。
Quentin Tarantino was presented the Wamiz Palm Dog award today in Cannes for Brandy's performance in @OnceInHollywood! 🐶 (Fun fact: she was played by three Pit Bulls in the film: Sayuri, Cerberus, and Siren) pic.twitter.com/YjHijlycfo
— Sony Pictures (@SonyPictures) May 24, 2019
文:齋藤敦子(Text by Atsuko Saito)
カンヌ映画祭スペシャル2019
<日本オフィシャル・ブロードキャスター>CS映画専門チャンネル ムービープラスにて
2019年5月25日(土)カンヌ映画祭授賞式 日本独占生中継ほか、受賞作&関連作計6作品放送