何度でも観たい傑作SF『ブレードランナー』
映画だけでなく後のマンガやアニメ、ゲームなど、SF的要素を含んだメディア全体に多大な影響を与えた『ブレードランナー』(1982年)。本作に“様々なバージョン”があることは有名な話だ。「劇場公開版(通常版)」、「インターナショナル版」、「ディレクターズ・カット」、そして今回CS映画専門チャンネル ムービープラスで放送される「ファイナル・カット」である。
それぞれ違いがあるのだが、中でも最も劇的に変わったのが「ファイナル・カット」だと言える。 まず「劇場公開版」にあった主人公デッカード(演:ハリソン・フォード)のナレーションがなく、オチも大きく異なる。これは監督のリドリー・スコットの意図が大きく働いているのだが、なぜ公開から長年たってから、このような物語の根幹を覆すほど大きな、ほぼ別物といえるようなバージョンチェンジの製作が行われたのか? それには様々な要素が絡み合っているのである。
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リドスコ監督の過剰なコダワリと製作側との衝突
『ブレードランナー』はリドスコにとって並々ならぬ意気込みの作品で、撮影中もいいムードを作るために、先んじて完成していたぶんのサントラ(奏:ヴァンゲリス)を爆音で流したり、ダイナーにいる男女4人を外から描いた寂しい街の光景絵画「ナイトホークス」(画:エドワード・ホッパー)のテイストとムードを出したくて、「こういう風にしてくれ!」と絵の複製を持ってスタッフに見せて回っていたらしい。彼の世界観構築への執念が早くも見て取れるし、明らかに自分の映像的ビジョンと世界観をスクリーンに焼き付けようという意志に満ちている。
BACK ON VIEW—"Nighthawks" is Edward Hopper’s most famous painting; reworked and parodied countless times, it has become an icon of American culture.
— The Art Institute of Chicago (@artinstitutechi) January 22, 2019
See it yourself—only at the Art Institute. pic.twitter.com/Dg9izZxJLC
しかし、製作現場は混乱していた。リドスコは当初、本国イギリス人クルーとの撮影を希望していたが、アメリカの組合のルールで果たせなかった。また、いちいち「何でこのシーンはこう撮るの?」と聞いてくるスポンサーやプロデューサー、スタッフにもウンザリしていた。役者やスタッフが自分の見ていないところで勝手に演出を変えてしまうことも、監督のビジョンが最優先のイギリスとアメリカの映画の撮り方の違いにストレスを感じていた。いちいち「なぜ?」と聞かれて、そのたびに説明するのを嫌ったのだ。
また、「照明が気に入らない」と絵コンテレベルからやり直しを命じるなど、リドスコのこだわりで撮影は遅れまくり、未使用カットもプリントしまくってから検討するため、コストはたちまち膨らんでいった。当然、プロデューサーとの関係も悪くなる。しかしリドスコは、細かいディテールにまで目を光らせるというCM監督時代に身につけたやり方を発揮するために雇われたはずだ、と自分のやり方を変えなかった。
予算が膨らんだため様々なところから資金を集め、配給会社も複数乗り合いとなった。より“失敗できない作品”となり、製作側も様々なテコ入れや口出しをせざるを得なくなる。この辺りが、のちに複数バージョンが生まれる要因になっていく。
そもそも「劇場公開版」についていたデッカードのナレーションも、ワークプリント試写での「難しすぎる」という観客の反応を受けたプロデューサー陣によってつけられたものだ。その状況説明的なナレーションに、リドスコは「デッカードがバカにしか見えない」と不満たらたら。彼もナレーション自体は必要だと思っていたが、それはデッカードが自分の内面を哲学的に考察するものと考えていた。しかし、その意図は叶わなかった。なぜなら彼は撮影後、コスト増大の責任をとらされてか一時的に解雇され、編集にフルで参加できなかったからだ。
そうして『ブレラン』は最終的に、判りやすいハッピーエンドのついたバージョンで公開されることになった。つまり、リドスコの意図とは大きくかけ離れた作品として。しかも残念なことに、公開時の興行成績は振るわなかった。それよりも、現場でのこだわりが「あの監督はめんどくさい」とスタジオ/業界内で知れ渡ることになり、リドスコはこの後しばらく不遇の時代を送ることになる。このあたりが、のちの彼の『ブレラン』への妄執につながっていったのかもしれない。
Discussing the vehicles on the set of 1981's 'Blade Runner' with Ridley Scott, Syd Mead and Douglas Trumbull. pic.twitter.com/eMkovH2Mj0
— FilmPhonic (@FilmPhonic) April 6, 2022