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上白石萌音と松村北斗の自然な演技が光る『夜明けのすべて』 “感動の搾取”をしない穏やかな優しさに満ちた人間ドラマ

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ライター:#SYO
上白石萌音と松村北斗の自然な演技が光る『夜明けのすべて』 “感動の搾取”をしない穏やかな優しさに満ちた人間ドラマ
©瀬尾まいこ/2024「夜明けのすべて」製作委員会
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「他者の痛みを想像力で補い、思いやる」という相互理解

個人的な話で恐縮だが、筆者は過去に適応障害を発症してメンタルが谷底まで落ちてしまったり、眼精疲労でめまいと吐き気に悩まされ、仕事がままならない状態に陥ったりした。この「感覚」そのものは未経験者にはわからないものだが、「生活への影響・心情」は言葉を介して伝えることはできるし、「わからなくてもイコール無理解ではない」とも思う。

©瀬尾まいこ/2024「夜明けのすべて」製作委員会

当たり前のことだが自分の痛みは経験/実感である反面、他者の痛みは伝聞→想像するしかない。そんななかで映画は強制的に観客に追体験させられる「経験/実感100%」が可能なメディアだが、『夜明けのすべて』はその方法論を取らずにあえて当事者と他者のバランスを現実に即したものにしている。それによって、「体感できない他者の痛みを想像力で補い、思いやる」という美しい相互理解――多様性を尊重する社会の在り方が立ち上がってゆくのが興味深い。

©瀬尾まいこ/2024「夜明けのすべて」製作委員会

藤沢はパニック障害ではないし、山添はPMSではない。両者は互いを根本的には理解できないし、藤沢が不用意に歩み寄って山添に拒絶されるシーンや、藤沢が「生理の話は言いにくい」と吐露するシーンも描かれる。「理解されたい」「同情してほしい」と思う人もいればそうでない人もいるし、症状を打ち明けることに勇気だっている(言わないという権利も当然ある)のが当たり前。ただ、そんな中で「ちょっとでも助けたい」と思うことだって自然なことだ。

この社会でどう他者を信じ、どう信じられる存在になるか

藤沢と山添が自発的にお互いの症状を学ぼうとする姿勢や、周囲の人間がお互いに負担になりすぎない程度に(しかもとてもナチュラルに)支えようとする光景がとかく美しく、それでいて現実味を担保しているため「こうであったらいいのに」という理想論のニュアンスよりも、「こういう場所はあるし、自分たちもこうなれるよ」といった“実在感”が前面に出ているのが本作の大きな特長。これは個人的な感覚だが、「自分もこんな風に他者に接したい」と思える“寄り添い方”の視座を与えてもらえたような気持ちになった。

©瀬尾まいこ/2024「夜明けのすべて」製作委員会

実際、本作にはシーンとシーンの間に撮影監督・月永雄太による街の風景がインサートされる。本作でスポットライトが当てられるのは藤沢と山添、そして2人と接する人々だが、彼らだけの物語ではなく、同じ星に生きる我ら自身の物語なのだ――。という静かな、だが確固たるメッセージが伝わってくるよう。『夜明けのすべて』には、この社会でどう他者を信じ、どう信じられる存在になるかのヒントが詰まっている。

文:SYO

『夜明けのすべて』は2024年2月9日(金)より全国公開

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『夜明けのすべて』

月に一度、PMS(月経前症候群)でイライラが抑えられなくなる藤沢さんはある日、同僚・山添くんのとある小さな行動がきっかけで怒りを爆発させてしまう。だが、転職してきたばかりだというのに、やる気が無さそうに見えていた山添くんもまたパニック障害を抱えていて、様々なことをあきらめ、生きがいも気力も失っていたのだった。職場の人たちの理解に支えられながら、友達でも恋人でもないけれど、どこか同志のような特別な気持ちが芽生えていく二人。いつしか、自分の症状は改善されなくても、相手を助けることはできるのではないかと思うようになる。

出演:松村北斗 上白石萌音
   渋川清彦 芋生悠 藤間爽子 久保田磨希 足立智充
   りょう 光石研

原作:瀬尾まいこ『夜明けのすべて』(水鈴社/文春文庫 刊)
監督:三宅唱
脚本:和田清人 三宅唱
音楽:Hi’Spec

制作年: 2023