記憶は失っても、戦い方は身体が忘れていない
『おじいちゃんはデブゴン』、原題は『我的特工爺爺』だ。「特工」に「爺爺」。言葉の意味はわからないが、とにかくすごそうなことはビシビシ伝わる。これがサモ・ハン版『レオン』か『グラン・トリノ』とも言える、心に沁みる作品なのだ。
サモ・ハンが演じるのは元特殊部隊の老人、ディン。物忘れも激しく初期の認知症と診断されたディンは、過去に自身の不注意で孫娘を失ったことで娘からも絶縁された、悲しい過去を持つ男だ。
そんな彼が唯一心を許しているのが、隣に住む少女チュンファだった。チュンファの父であるレイ(アンディ・ラウ)はなかなかのクズで、ギャンブル中毒で中国マフィアから借金を重ねていた。
ある日、借金返済のためにロシアのマフィアから宝石を奪うという危険な仕事を受けたレイだが、よりによって奪った宝石を持ち逃げするという最悪なクズムーブを発動。結果、チュンファの身にも危険が迫る。
平和な街を襲う悲劇。だが、記憶は失っても戦い方は忘れていない。ディンは、マフィアたちを掃討するため立ち上がる。
「昨日の夕食も覚えていない。自分は優しくされる価値のない人間だ」
サモ・ハンが20年ぶりにメガホンを取り、主演を務めた本作。アンディ・ラウが製作、主題歌を担当しただけでなく、盟友ユン・ピョウ、ディーン・セキ、ツイ・ハークら香港映画界の伝説たちが多数ゲスト出演。かなり豪華な作品(サモ・ハン自ら一人一人に電話して誘ったらしい!)だが、作品には全体的にもの哀しさが漂っている。
例えば『男たちの挽歌 II』(1987年)のディーン・セキや『ダブル・チーム』(1997年)の監督ツイ・ハークは、いつもベンチに腰掛けているおじいちゃんとして出演。一時は香港のみならずハリウッドでも活躍した彼らが老いた姿は、背中が丸くなった親を見ているような寂しさを感じる。
And here's a new Behind-The-Scenes video for Sammo Hung's MY BELOVED BODYGUARD: https://t.co/bBjsCfl4i9 pic.twitter.com/JCrZxUIajn
— Asian Film Strike (@AsianFilmStrike) February 25, 2016
そしてサモ・ハン。家の鍵の場所も忘れるほど認知症が進行していても、孫娘を失った悲しみからはいまだ解放されていない。チュンファを助けるために戦う覚悟を決めたディンが、いつも親切にしてくれるご近所の老婆ポクに語りかけるセリフが泣ける。
「自分の不注意で孫娘を失った。それ以来、親子の縁は切れた。これが私の人生。私の記憶の全て。昨日の夕食も覚えていない。自分は優しくされる価値のない人間だ」
歩くのも精一杯な体で、少女のため単身、敵地に乗り込むディン。さすがにアクロバティックなアクションはないが、確実に相手の骨を断って戦闘不能にする格闘スタイルは、さすが伝説のデブゴンだ。
ついにディンは敵の集団を戦闘不能にするが、心配になって探しにきたたポクに座り込んでいたところを発見される。「孫がいなくなった」と涙するディンに、「何を言ってるの、昔の話でしょ」と優しく手を取るポク婆。
本当の孫のように思っていたチュンファへの想いなのか、もしくは認知症の影響で自分が戦っていた理由すら忘れてしまっているのか……。どちらとも取れるこのシーンは、サモ・ハン史上に残る名演技だ(個人的には前者だと思っている。本当の孫のように思っていたチュンファへの想いも認知症だと思われるのが切ない)。
あなたは「 ビー・サモ・ハン」できているか?
キャスト的には“香港版エクスペンダブルズ”のような本作。どちらも戦う人間国宝作品だが、「いつまでも元気いっぱい大暴れ」なエクスペンダブルズと違い、老いを受け入れた沁みる作品だ。
まるでサモ・ハンの終活のようで、かつて彼に熱狂したファンは切なくなるだろうが、是非とも最後まで観てほしい。とびっきり愛に溢れたエンディングが待っている。
世の中にはコンビニ店員に偉そうにしたり、若い子に価値観を押し付けたりする残念なジジイがたくさんいるが、男に生まれた以上はやさしさを忘れない強い人間であり続けたい。
己のキンポーを捨てることができているか? ビー・サモ・ハンできているか? 少しでも近づけるよう自問自答の日々だ。
文:デッドプー太郎
『おじいちゃんはデブゴン』はCS映画専門チャンネル ムービープラス「特集:24時間 カンフーアクション」で2024年2月放送
https://www.youtube.com/watch?v=_4IZZbHvEzc