上も下も“全員おかしい”物語
一見すると『ソルトバーン』は格差社会を扱っているかのようだ。カットン家は「高慢と偏見」よろしく“労働”とは無縁の浮世離れした生活を営んでいる一方、オリバーは労働者階級だ。この設定からは、下から上を見上げる、あるいは上から下を見下ろす。そんな物語が浮かぶだろう。
こうした設定の多くは上と下、どちらかに共感する物語になっている。しかし『ソルトバーン』は、どちらにも共感できるのだ。と言うのも、“全員おかしい”からだ。
フェリックスの◯◯をすすり、生理中のベニシアにオーラルセックスをする等々、奇行に走りながら何食わぬ顔で様々な画策を練るオリバーに目が行きがちになるだろう。しかし、フェリックスも何かを求めるようにオリバーに施しまくるし、キモいと思いつつもオリバーのマリオネットと化していくベニシアには“空洞の人生”を感じるし、何があっても平静を装う両親からも異様な意地を感じるし……と、カットン家はもはや「奇人博物館」と化す。
でも、なんだか「気持ち悪い」と突き放す気にはなれない。彼らから感じるのは「何かが足りないんだよね? わかるよ」だ。
世界は平等に冷たい
本作のキャラクターが放つ、のっぴきならない境遇は、道徳的にはアウトな所業を“アリ”と感じさせてしまう力がある。加えて、舞台となる屋敷が放つ怪しさやSMチックな性描写が醸すゴシック感が、それを加速させる。やたらと“接触”する表現が多いことも、パンデミック時に定義された“禁じられた行為”を侵しているように思える。実際、フェネル監督は「パンデミック以降、“接触”はどこかゴシック的だ」と述べている。
役者陣も「勘弁してくれ」と思うほど濃厚。バリー・キオガンもジェイコブ・エローディも、凄まじい色気と狂気を見せる。エルスペス役のロザムンド・パイクも堂に入った芝居が印象的。こんなにいい芝居をスクリーンで観られないのが、本作で唯一の残念なところだ。
さて、フェネルの前作『プロミシング・ヤング・ウーマン』は性被害を基軸に復讐に燃える女性の物語のため“#MeToo”がテーマと頻繁に言及されるが、描いていることは行き過ぎた“渇望”と“絶望的な失恋”だった。『ソルトバーン』も同じく各々が何かを渇望し、絶望的な失恋を経験する。何かを求めて、誰かを愛しても、世界はそれに答えてはくれない。世界は平等に冷たい。各々の境遇で、その冷たさの感じ方が変わるだけなのだ。
皆さんは満たされていますか? 誰かを愛していますか? もしそうでないなら、どうしたらいいと思いますか? 何をしたら満たされますか? どうやったら愛を手に入れられますか? ただ望んでいるだけですか? それとも……。
文:氏家譲寿(ナマニク)
『ソルトバーン』はAmazon Prime Videoで独占配信中
『ソルトバーン』
アカデミー賞受賞監督エメラルド・フェネルが送る、特権と欲望を描いた美しくも毒のある物語。オックスフォード大学に入学したオリヴァー・クイック(バリー・キオガン)は大学生活になじめないでいた。そんな彼が、貴族階級の魅力的な学生フィリックス・キャットン(ジェイコブ・エローディ)の世界に引き込まれていく。そしてフィリックスに招かれ、彼の風変わりな家族が住む大邸宅ソルトバーンで生涯忘れることのできない夏が始まった。
監督・脚本:エメラルド・フェネル
製作:エメラルド・フェネル ジョシー・マクナマラ マーゴット・ロビー
出演:バリー・キオガン
ジェイコブ・エローディ ロザムンド・パイク
リチャード・E・グラント アリソン・オリヴァー アーチー・マデクウィ
キャリー・マリガン
制作年: | 2023 |
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