レスリー・チャンの記憶
私は、記者会見以外で1度だけ“生”レスリー・チャンを見たことがある。たしか、陳凱歌(チェン・カイコー)の『花の影』がコンペに出品されていた1996年のカンヌだったと思う。海岸のクロワゼット通りを韓国人の友人と歩いていると突然、友人が「あ、レスリー・チャンだ!」と叫んだのだ。ふと見ると、そこにレスリーが立っていた。
最初、友人の言葉が聞き取れず、私が何度も訊き返したせいで「レスリー・チャン」と連呼したのが耳に入ったのだろう、私たちを振り返って、はにかんだような微笑を浮かべていた。忘れもしない、紫がかったブルーの上品なスーツで、同色のザックを肩にかけていた。大スターなのに、おごりが微塵もなく、気さくで繊細な雰囲気が漂っていて、以後、レスリーというと、私は決まってあのときのはにかんだ微笑を連想するようになった。
名優の悲劇的な死から20年
2003年4月1日、レスリー・チャンが香港のマンダリン・オリエンタル・ホテルから投身自殺をしたニュースを聞いたときも、真っ先に浮かんだのはあのときの微笑だった。芸能界を生き抜いていくには、あんなにやさしい微笑をしていてはダメなのだろう。もっとずるい、悪賢い人間にならなくては。しかも、高所恐怖症のくせに、よりにもよって24階から飛び降りるなんて……。レスリーの葬儀のときに弔辞を読んだのは、ジャッキー・チュン、ツイ・ハーク、ジェームズ・ウォンだったという。奇しくも『チャイニーズ・ゴースト・ストーリー2』のキャスト&スタッフである。
レスリー・チャンのキャリアを考えるとき、まず第一に挙げねばならない映画は、カンヌ映画祭でパルム・ドールを受賞したカイコー監督の『さらば、わが愛/覇王別姫』(1993年)か、でなければ王家衛(ウォン・カーウァイ)の『欲望の翼』(1990年)や『ブエノスアイレス』(1997年)あたりであって、『チャイニーズ・ゴースト・ストーリー』では決してないと私は思う。けれどもお盆の季節や、この20周忌にレスリー・チャンを偲ぶには、幽霊に惚れられたおかげで事件に巻き込まれるハンサムな書生役を、友人たちに囲まれながら、何の屈託もなく、楽しそうに演じていたこの作品がいいのかもしれない。
文:齋藤敦子
レスリー・チャン主演『チャイニーズ・ゴースト・ストーリー [2Kリマスター版]』『チャイニーズ・ゴースト・ストーリー2』、トニー・レオン主演『チャイニーズ・ゴースト・ストーリー3』はCS映画専門チャンネル ムービープラスで2023年12月放送
レスリー・チャン主演『チャイニーズ・ゴースト・ストーリー [2Kリマスター版]』『チャイニーズ・ゴースト・ストーリー2』、トニー・レオン主演『チャイニーズ・ゴースト・ストーリー3』
CS映画専門チャンネル ムービープラスで2023年12月放送