「ぜひ大人向けの犬映画を作りましょう!」
本来ならファミリー向けの犬映画。しかし、本作はアメリカではR指定(日本ではPG-12)。お子様には見せられない危険な描写、つまりシモ系のネタがたっぷりと盛り込まれているのだ。癒しを与えてくれるワンコたちが、本能もあらわにして、目を疑う行為を見せつける。同じことを人間がやったら完全にアウトだけど、ノリとしては、いわゆる“中学生レベル”のギャグ。ゆえに日本でのPG-12は大歓迎! クマのぬいぐるみが大暴走した『テッド』(2012年)や、スーパーヒーローの常識を変えた『デッドプール』(2016年)あたりの悪ノリを楽しんだ人には、最高の映画になっている。
プロデューサーが、『スパイダーマン:スパイダーバース』(2018年)の脚本を手がけたフィル・ロードとクリストファー・ミラーのコンビと聞けば、ソソられる人も多いはず。そして監督はジョシュ・グリーンバウム。前作『バーブ&スター ヴィスタ・デル・マールへ行く』(2021年)は2人の中年女性の珍道中を描いたコメディで、日本では限定公開ながら、映画ファンの一部に偏愛されている。
そのグリーンバウムは、『スラムドッグス』で「犬映画」の常識を逆手にとったことを次のように明かす。
犬映画には、ある程度、大きなマーケットがあるんです。犬が出ているだけで多くの人が注目してくれますからね。でも基本的に子供向け、ファミリー向けの作品が多いので、「ぜひここで大人向けの犬映画を作りましょうよ!」と、スタジオ(ユニバーサル)に15分の映像でプレゼンしました。ユニバーサルも、この業界の中では新鮮なチャレンジを受け入れやすいスタジオなので、そこが合致したと思います。
こうしてR指定の犬映画の製作が始まったわけだが、グリーンバウム監督は「『テッド』や『デッドプール』に比べて、誰もが気軽に楽しめるジョークもいっぱい盛り込んだ」とのことで、犬映画としてのピュアな魅力も備わった作品が完成した。
本物の犬が演じることで生まれるリアルと“不気味の谷”回避
気になるのは犬たちの映像。近年、『ライオン・キング』(2019年)や『アバター:ウェイ・オブ・ウォーター』(2022年)あたりの映像を観慣れた人たちは、実写映画で監督の思いのままに動く生き物たちは、もはやすべてCGなのでは……と勘ぐりがちになる。しかし本作では、ほとんどのシーンで実際に犬たちの演技がカメラに収められた。この決断は、グリーンバウム監督にとって必然だったようだ。
たとえば『ライオン・キング』に出てくるラインやゾウであれば、一般の人は動物園へ行った時や、ドキュメンタリーの映像を観た時など、1年でせいぜい5分くらいしか目にしないでしょう。
ところが犬の場合、飼っている人はもちろん、そうでない人も日常的に頻繁に視界に入ってきます。ですからCGを多用すると、違和感が積み重なってしまうのです。いわゆる「不気味の谷」(アニメやCGを実写に近づけようとすることで生じる微妙な違和感)という現象ですね。
いったんその谷に入り込むと、観ている人は「これは実写? それともCG?」と落ち着かなくなります。それを防ぐため、犬たちが話す際の顔や、ワシに捕まえられるような危険なスタントという最低限のシーンだけ、フルCGに頼ることにしました。
その結果、精鋭の“犬アクター”たちによって、グリーンバウム監督の目的はほぼ達成されたという。ただし、あくまでも相手は言葉が通じないので、撮影中には想定外の動きもあり、そこは臨機応変の対応が必要になった。
ボストン・テリアのバグが森の中を歩くシーンで突然、彼の目の前に一枚の葉っぱが落ちてきたんです。そうしたらバグ役の犬がめちゃくちゃ怖がって、飛び上がったのですが、僕はそのまま撮影し、本編でも使うことにしました。その後、脚本家のダン・ペローとバグの声を担当するジェイミー・フォックスに相談し、葉っぱに悪態をつくセリフを追加したり、犬重視のスタンスで柔軟な対応をとりました。
この撮影を通して、犬アクターたちの健気な仕事ぶりに感動したグリーンバウム監督は、レジーの子犬時代を演じた1匹を引き取り、現在は幸せな生活を送っている……なんてエピソードを聞くと、『スラムドッグス』の毒気も薄まる気がする。
🦴#映画スラムドッグス ができるまで❷
— 映画『スラムドッグス』公式 (@slumdogs_JP) November 5, 2023
"主演"のワンちゃんたちは
撮影のわずか数か月前にキャスティング🚨
《お座り》や《伏せ》など簡単なしつけも
ほとんど出来ず、一からの訓練が必要に!
しかし撮影本番では見事な演技を披露✨#闇堕ちワンちゃん の勇姿は劇場で🎬
🐕11.17(Fri)公開 pic.twitter.com/dHwYmAM6sK
あの名作青春ロードムービーや伝説的コメディ集団からの影響大!
そして『スラムドッグス』は飼い主に復讐を誓うレジーを中心に、ボストン・テリアのバグ、オーストラリアン・シェパードのマギー、グレート・デーンのハンターの4匹のロードムービーとしての楽しさも備えている。このあたりの過去の映画からの影響について、グリーンバウム監督は予想どおりの作品名を挙げる。
当然、『スタンド・バイ・ミー』(1986年)ですが、これは皆さん誰もが(本作と)重ねてくれるでしょう。もう1本は『ヤング・ゼネレーション』(1979年)。高校を卒業し、日々をダラダラと過ごす4人の仲間が自転車レースに出る青春映画ですが、主人公たちの“負け犬”感に本作は通じるものがあります。大傑作なので、未見の人はぜひ観てください。
あとは『ブレックファスト・クラブ』(1985年)、『フェリスはある朝突然に』(1986年)などジョン・ヒューズ作品は無意識レベルで影響を受けていますし、ギャグに関しては子供の頃から父親に観せられていたモンティ・パイソンが、本作はもちろん、前作の『バーブ&スター』のヒントになっているはずですよ。
犬好きの人には“あるある”ネタが満載で、犬映画の伝統も受け継ぎつつ、先に挙げたように『テッド』や『デッドプール』の危うさと痛快感も鮮やかに配備した『スラムドッグス』。意外なほど多くの人がハマるのでは?
取材・文:斉藤博昭
『スラムドッグス』は2023年11月17日(金)より全国公開
『スラムドッグス』
ある日、犬のレジーは、飼い主のタグに家から遠い場所に捨てられてしまう。
しかしピュアなレジーは、投げられたボールを取りに行く、いつもの“取ってこいクソッタレ”ゲームだと信じていた。
家を目指してさまよっていると、ノラ犬界のカリスマ・バグと出会う。
レジーの話を聞いたバグは 「捨てられたんだよ。お前は今日から“ノラ犬”だ!」と断言する。
飼い主タグが最低なヤツだと気付いたレジーは、まさかの方法で復讐することを決意。
「あいつの大切なチ○コを噛みちぎってやる!」
大胆なレジーの計画に賛同したバグの友達であるマギーとハンターも仲間に加わる。
果たして、この復讐チン道中の行方はいかに!?
監督:ジョシュ・グリーンバウム
脚本:ダン・ペロー
声の出演:ウィル・フェレル ジェイミー・フォックス アイラ・フィッシャー ランドール・パーク
制作年: | 2023 |
---|
2023年11月17日(金)より全国公開