平和なクルージングが一転、サメ地獄に
釣りと父親が大好きなルシアは、キハダマグロの大物を釣るためにクルーザー<歓喜号>に乗船する。陽気なおしゃべり船長のバニングに、無口だが心優しい一等航海士のシャトー、そしてたまたま乗り合わせたカップル客のワイアットとドナ。和やかな雰囲気の中、5人は沖合に出発する。
が、楽しい釣りの最中に、突如として人食いサメの群れが出現。船を襲い、海に転落したドナをたちまち貪り食った上に、その内の1匹がモーターに巻き込まれ、歓喜号のエンジンを故障させてしまう。平和だった釣り船は、とんとん拍子で極限状況下に陥ることとなった。
電池の残り僅かな携帯電話を使い、かろうじて父親に救援を要請したルシア。しかし、その間にもサメは釣り船をつけ狙い……というのが、本作の概要である。
サメ映画のお約束を裏切る“仲良し”という意外性
本作の特徴は、「ソリッド・シチュエーション・スリラーものであるにもかかわらず、主要人物が皆善良で、ほとんど仲違いらしい仲違いをしない」点にあるだろう。
この手の作品は大抵、中盤辺りから人間関係が急速にギスギスし始め、そのまま自暴自棄になった者から死んでいくのがお約束である。が、本作の主要人物はおおむね関係良好で比較的まとも。アサイラム作品の主人公といえば、親子関係や夫婦関係がぎくしゃくしているキャラクターが多いものだが、ヒロインのルシアは序盤から父親と笑顔で談笑しているほどだ。
前半で婚約者を失うこととなるカップル客のワイアットだけは、さすがに途中で取り乱してはいたものの、決してほかのキャラクターと真っ向から敵対はせず、殺し合いや騙し合いを仕掛けるようなこともない。海洋スリラー系サメ映画らしからぬ主要人物の仲良しっぷり、これが本作の見所だといっても差し支えないだろう。
“変なサメ”でウケ狙いに走らない“普通”という新機軸
そして、ほかには特筆すべき部分のない作品でもある。なまじ主要人物がいい子ちゃんなだけに、船上では特別ドラマらしいドラマが起こらない。中盤でルシアが、なにやら<釣り>のシンプルさを人生と比べ、それっぽくテーマ的に語るシーンが存在するが、彼女自身は「作中でなにか生き辛さを感じさせたり、他人と衝突したりするシーンがほぼ皆無に等しく、むしろうまくやっているように見える」ため、いまいち説得力に欠け、あまりよくわからないメッセージになってしまっている(一応、母を亡くしている設定はある)。
そうでなくとも全体的にダラダラした会話劇が目立つ上、ほかの同ジャンル他作品と比べて主要人物に割と余裕があるため、さしてスリルも感じられない。もちろん、サメの襲撃シーンもいつものアサイラム・クオリティーだ。せめて映像的なド派手さがあれば、また評価は違ったものになったかもしれない。
どちらかというと悪い意味で<普通>すぎる、無味乾燥なサメ映画である。が、雑に変なサメを出してウケを狙おうとするばかりでなく、マジメなサメ映画路線も開拓しようとしたその意気込みは嫌いではない。アサイラム社にはいつの日か、シリアスな傑作も撮ってほしいものである。
文:知的風ハット
『シャーク・クルーズ』はCS映画専門チャンネル ムービープラスで2023年11月放送