「大人の恋=感情の積み重ね」を大事に描く
大人の恋というと注目されがちなのは性愛の描写だが、この作品に性的な描写はない。むしろ大事に描かれるのは、「一緒に生きていきたいという思い」が強くなっていく悟とみゆきの感情の積み重ねだ。みゆきが悟にハグをすることにもちゃんと理由がある。
大人の恋にとって、何かを生み出すことより、ただ2人でいることのほうが重要。大人だからこそ、人生において、そんな人とめぐりあえることが「奇跡」だと知っているのだ。ビートたけしは『アナログ』で、それを描こうとしたのではないか。「暴力的なまでに純粋な恋愛小説」とは、まさに「2人でいること」を指しているのだと思う。
思いが強くなっていくさま、ときに裏切られるさまを、二宮は言葉より表情で表現していく。みゆきの表情を、一瞬も逃すまいと見入る。あまりにストレートにのぞき込むため、みゆきが視線を外すほど。
帰り際、振り返って手を振る彼女に、気持ちが溢れた悟は小さく呼吸する。二宮の、こういった小さな表情の変化、呼吸の積み重ねでの表現は、さらに磨きがかかったように思う。全編を通して描かれる悟の感情が、さまざまに立ち昇るのを目の当たりにする。
“主演俳優”という立場を熟知する二宮の現在〈いま〉
主演俳優という立場を熟知する、昨今の二宮が演じる役には、どんなアウトローであってもシンパがいる。キャスティングは偶然だろうが、二宮にはそういう関係性がよく似合う。彼の演じるのは、独立独歩、自分で世界を切り拓ける人物であるが、人生はそれだけでは立ち続けられない。二宮がそういう役回りを演じることで、周囲との関係の築き方について考えさせ、重要なのだと気づかせる。
悟が、みゆきや、幼なじみの悪友、高木淳一(桐谷健太)、山下良雄(浜野謙太)らと、焼鳥屋で飲むシーンがある。みゆきがトイレで外したすきに、3人はボーイズトークに花を咲かせる。「おまえも落語を一席やれ。芝浜だ」と高木は無茶ぶりをする。このシーンはたぶん、3人の力量を信じるタカハタ監督が、長廻しでアドリブを撮影し、適宜編集したのだと思う。
この友人たちとのバカ話こそ、作品をより深いものにする演出だ。浜野の「愛するってああいうことなんだな」、桐谷の「いますぐ誰かに好きって言いてえ」という台詞は、観る者をしみじみと幸せにする。悟との関係性を見せたうえで言わせるからこそ、胸の奥深くまで刻まれる言葉。
小説のなかのワンセンテンス、「幸せな気持ちになんて、大切なものが一つだけあればなれるものなのかもしれない」を凝縮した作品なのだと思う。
文:関口裕子
『アナログ』は2023年10月6日(金)より全国公開
『アナログ』
手作り模型や手描きのイラストにこだわるデザイナーの悟。携帯を持たない謎めいた女性、みゆき。
喫茶店「ピアノ」で偶然出会い、連絡先を交換せずに「毎週木曜日に、同じ場所で会う」約束をする。
二人で積み重ねるかけがえのない時間。
悟はみゆきの素性を何も知らぬまま、プロポーズする事を決意。しかし当日、彼女は現れなかった。その翌週も、翌月も…。
なぜみゆきは突然姿を消したのか。彼女が隠していた過去、そして秘められた想いとは。
ふたりだけの“特別な木曜日”は、再び訪れるのか――。
二宮和也 波瑠
桐谷健太 浜野謙太 / 藤原丈一郎(なにわ男子)
坂井真紀 筒井真理子 宮川大輔 佐津川愛美
鈴木浩介 板谷由夏 高橋惠子 / リリー・フランキー
監督:タカハタ秀太
原作:ビートたけし『アナログ』(集英社文庫)
脚本:港岳彦
音楽:内澤崇仁 インスパイアソング:幾田りら「With」(ソニー・ミュージックエンタテインメント)
制作年: | 2023 |
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2023年10月6日(金)より全国公開